ハタ・ヨーガ 伝統のハタ・ヨーガ

ハタ・ヨーガ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/26 07:42 UTC 版)

伝統のハタ・ヨーガ

伝統的なハタ・ヨーガは総合的・全人的なヨーガ道である。具体的には制戒、坐法(アーサナ)、浄化法(シャトカルマ)、印相(ムドラー)、調気法(プラーナーヤーマ)、瞑想(ディヤーナ)である。

ヨーガには大きく分けて古典ヨーガとハタ・ヨーガという二つの流れがある[16]。ハタ・ヨーガは生理的・身体的な修養を軸とする。また、古典ヨーガは心の作用の止滅を目指したのに対し、イメージを活用して心を統御しようとするハタ・ヨーガは、むしろ心の作用を活性化させる傾向を有するものと見ることができる[17]。ハタ・ヨーガの古典『ゴーラクシャ・シャタカ』は、『ヨーガ・スートラ』の説く八支則(アシュターンガ、アシュタ=八、アンガ=肢)のうち、ヤマ(禁戒、制戒)とニヤマ(勧戒、内制)を除く六つをハタ・ヨーガの六支則とする[18](ハタ・ヨーガの六支則については後述)。スヴァートマーラーマは自身の著書『ハタ・プラディーピカー』の中で、ハタ・ヨーガをラージャ・ヨーガの前段階として位置づける[19]。そして、ラージャ・ヨーガはハタ・ヨーガなしには成立せず、ハタ・ヨーガはラージャ・ヨーガなしでは成立しないと繰り返し述べている。ここでいうラージャ・ヨーガは一般に『ヨーガ・スートラ』の古典ヨーガのことと解される(例えば立川 2013, p. 100、山下 2009, p. 136 参照)[† 7]。両者の主な相違点は、ラージャ・ヨーガで行う坐法は、瞑想状態を維持するために身体を整える目的で行われることである。したがってラージャ・ヨーガは瞑想に重点を置き、そのために蓮華座 (結跏趺坐)、達人座 (en:siddhasana)、安楽座 (en:sukhasana)、正座 (vajrasana) といったポーズを行う。ハタ・ヨーガは瞑想以外にも身体の訓練を目的とする坐法も行う。ラージャ・ヨーガで行うプラーナーヤーマ(調気法)に、バンダ (Bandha)(締め付け)を伴わないことと類似している。

ハタは熱い物と冷たい物のように相反するエネルギーを表す。(炎と水など陰陽の概念と同様に)男性と女性、プラスとマイナスなどである。ハタ・ヨーガは、身体を鍛練するアーサナと浄化の実践、呼吸のコントロール、そこから得られるリラクゼーションと瞑想によってもたらされる心の落ち着きを通して、精神と身体の調和を図る。アーサナは体の平衡を保つ訓練である。アーサナによってバランスが取れ、鍛えられると、心身ともに健康になり、瞑想の素養となる。ただし、痰や脂肪の多い人はプラーナーヤーマより先に浄化法を行うことが必要である。

アシュターンガとは、パタンジャリが編纂した『ヨーガ・スートラ』に書かれている8支則のことである。すなわち、倫理遵守に関わるヤマ (Yama)(禁戒)とニヤマ(勧戒)、アーサナ(坐法)、調気法であるプラーナーヤーマ(調息)、感官を外界から内に引き戻すプラティヤーハーラ(英語: pratyahara(制感)、思念の集中であるダーラナー(英語: dharana(凝念)、瞑想であるディヤーナ(静慮)、高度な心の抑止の境地であるサマーディ(三昧)の8つである[21]。8支則は、正確には8段階の修養過程であり、段階ごとに効果が顕れ、それが次の段階の基礎となる。パタンジャリのアシュターンガ・ヨーガ(八支ヨーガ)はラージャ・ヨーガと混同されることも多いが、『ヨーガ・スートラ』自体にはラージャ・ヨーガという言葉は使われていない。

ハタ・ヨーガは、六支則に基づいてサマーディ(三昧)に到達しようとする。ハタ・ヨーガの六支則とは、アーサナ(坐法)、プラーナーヤーマ(調気法)、プラティヤーハーラ(制感)、ダーラナー(集中)、ディヤーナ(無心)、サマーディ(三昧)である。ハタ・ヨーガの原点となる教典は、サハジャーナンダ[† 8]の高弟であるスヴァートマーラーマによって書かれた『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』である[† 9]。ハタ・ヨーガで重要なのはクンダリニーの覚醒である。ハタ・ヨーガの成果は次のように現れるとされる。身体が引き締まる、表情が明るくなる、神秘的な音が聞こえる、目が輝く、幸福感が得られる、ビンドゥー(英語: binduのコントロールができる、エネルギーが活性化する、ナーディー英語版が浄化される、など。

プラーナーヤーマ(調気法)

プラーナ(生命力)とアヤマ(拡張する、または調節する意)の2語から成る言葉。プラーナーヤーマは呼吸を長くし、コントロールして整える。その方法には、レーチャカ(呼気)、プーラカ(吸気)、クンバカ(英語: Kumbhaka(通常の吸って吐く程度の間呼吸を止めること、保息)の3種がある。プラーナーヤーマは精神的、身体的、霊的な力を高めるために行う。しかし危険を伴うこともあるため、習得できるまでは経験豊富な指導者の下で行うことが必要とされている。


出典

  1. ^ 歴史上の年代については諸説あり、9世紀から12世紀の間とする説(エリアーデ, pp. 45, 163)、10-12世紀とする説(山下 2009, p. 140)、13世紀とする説(立川 2008 p. 101)がある。
  2. ^ 年代については諸説あり、14世紀とする説[3]から16-17世紀頃とする説[4]まである。
  3. ^ 山下博司によると、これは語源俗解的なこじつけである[5]
  4. ^ ゲオルグ・フォイアスティン、ゲオルグ・フォイヤーシュタインとも表記されるが、ここでは山下 2009にならいドイツ語読みで表記する。
  5. ^ 例えば、近代インドを代表する聖者であるラマナ・マハルシ[13]は、修練方法としてジュニャーナ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガを勧めている。ラマナは、霊性の向上は「心」そのものを扱うことで解決ができるという基本的前提から、ハタ・ヨーガには否定的であった。また、クンダリニー・ヨーガは、潜在的に危険であり必要もないものであり、クンダリニーがサハスラーラに到達したとしても真我の実現は起こらないと発言している[14]
  6. ^ シングルトン 2014によれば、これらの行者のなかには、実際にかなり暴力的な方法で物乞いをする者達もいて、一般の人々から恐れられていたらしい。武装したハタ・ヨーガ行者たちは略奪行為を働くこともあった。略奪行為が統治者から禁止されるようになると、行者らはヨーガを見世物とするようになり、正統的なヒンドゥー教徒たちからは社会の寄生虫として蔑視されていた[15]
  7. ^ ただし、インド研究家の伊藤武によれば、『ハタ・プラディーピカー』が「ラージャ・ヨーガ」の章でラージャ・ヨーガの同義語として列挙している言葉の多くは、『ヨーガ・スートラ』よりも後の時代のタントラ用語である。伊藤は、同書の述べるラージャ・ヨーガの技法とは実のところハタ・ヨーガの最終段階に位置づけられるラヤ・ヨーガ(クンダリニー・ヨーガ)のことであると指摘し、『ヨーガ・スートラ』の古典ヨーガをラージャ・ヨーガとするのは20世紀に入ってから確立した解釈でないかと推察している[20]
  8. ^ プネー近くのアーランディー (Alandi) 出身のジュニャーネーシュヴァラ (en:Jñāneśvar) の弟であるソーパーナの系統を引く人物。
  9. ^ スヴァートマーラーマは、サハジャーナンダの弟子であるチンターマニの弟子とも[22]、チンターマニ自身の号とも[23]
  10. ^ クリシュナマチャーリヤがマイソールの宮殿でヨーガ教師の職を得たのは1933年頃のことであるが[36]、クヴァラヤーナンダの1931年の著作『アーサナ』には肩立ちのポーズの図版が掲載されており[37]、この体位そのものはクリシュナマチャーリヤの創案ではない。
  11. ^ 日本ではアイアンガーと呼ばれることが多いが、正しくはアイヤンガールであると山下博司は指摘している[40]
  12. ^ 山下 2009は、ビクラム・ヨーガの展開するスタジオは1,500箇所以上と記しているが、典拠は不明。科学ジャーナリストのウィリアム・J・ブロードによると、2010年にビクラム・ヨーガの国際総本部の広報担当は、全世界のスタジオ数は500箇所ほどで、その他多数は正規フランチャイジーではない違法なスタジオだと述べており、チョードリーの2007年の著書が主張する1,700というスタジオ数と大きく食い違っている[47]
  1. ^ 山下 2009, p. 137.
  2. ^ a b c d 橋本 2005, pp. 155–159.
  3. ^ M・L・ガロテの研究[1]
  4. ^ 山下 2009 p. 141; 立川 2008, p. 102.
  5. ^ 山下 2009, pp. 137-138.
  6. ^ ljpasion. “Hatha Yoga - The Yoga of Postures”. 2022年1月3日閲覧。
  7. ^ 宮本 2005, pp. 155–159.
  8. ^ a b c d e f 伊藤雅之 2011.
  9. ^ a b c シングルトン, 喜多訳 2014
  10. ^ Feuerstein 1991.
  11. ^ 伊藤武 2011, p. 263.
  12. ^ a b シングルトン 2014, p. 99.
  13. ^ ポール・ブラントン 著、日本ヴェーダーンタ協会 訳 『秘められたインド 改訂版』日本ヴェーダーンタ協会、2016年 (原著1982年)。ISBN 978-4-931148-58-1 
  14. ^ デーヴィッド・ゴッドマン編 著、福間巖 訳 『あるがままに - ラマナ・マハルシの教え』ナチュラルスピリット、2005年、249-267頁。ISBN 4-931449-77-8 
  15. ^ a b シングルトン 2014, pp. 45–52.
  16. ^ 立川 2013, p. 62.
  17. ^ 立川 2013, pp. 96-97.
  18. ^ 伊藤武 2011, p. 258.
  19. ^ 立川 2013, p. 100.
  20. ^ 伊藤武 2011, p. 91-92.
  21. ^ Mayo 1983.
  22. ^ [2]
  23. ^ 伊藤武 2011, p. 268.
  24. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 39-40.
  25. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, p. 148.
  26. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 105-111
  27. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 150-151; 山下 2009, pp. 183-184.
  28. ^ 山下 2009, p. 183.
  29. ^ 山下 2009, p. 198.
  30. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 231-233.
  31. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 22-23, 260-261.
  32. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 266-267.
  33. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 261, 271.
  34. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 89-94.
  35. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 241-242.
  36. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, p. 234.
  37. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, p. 215.
  38. ^ Ruiz, Fernando Pagés. "Krishnamacharya's Legacy." YogaJournal.com and Yoga Journal, May/June 2001.
  39. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, p. 228.
  40. ^ 山下 2009, pp. 198-199.
  41. ^ シングルトン, 喜多訳 2014, pp. 27-28, 174-176.
  42. ^ a b c ヨガ アメリカ国立衛生研究所 「統合医療」情報発信サイト 厚生労働省「統合医療」に係る情報発信等推進事業
  43. ^ Yoga Journal “Yoga Journal Releases 2008 ‘Yoga in America’ Market Study.” Archived 2011年8月9日, at the Wayback Machine. February 2008.
  44. ^ ヒクソン・グレイシーとヨガ ヨガの光の行く先・ヨガの森 2009年7月9日
  45. ^ ヒクソン・グレイシーとヨガ③ RESPECT RG 2003年09月09日
  46. ^ 山下 2009, p. 202.
  47. ^ ブロード, 坂本訳 2013, p. 316.
  48. ^ 山下 2009, pp. 203-204, 213.


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