FIFAコンフェデレーションズカップ
別名:コンフェデレーションズカップ、サッカーコンフェデレーションズカップ、コンフェデ、コンフェデ杯
英語:FIFA Confederations Cup
各大陸王者が集うサッカーの大会。FIFA(国際サッカー連盟)が開催するナショナルチームの大会である。各大陸王者に加え、次回ワールドカップ開催国と招待国が参加資格を得る。一般的に招待国は前回ワールドカップの覇者である場合が多い。
コンフェデレーションズカップは1992年に始まり、2年に1度のペースで開催されてきた。しかし過密な試合日程などが問題視され、2005年以降4年に1度の頻度で開催されている。同大会は一般的にワールドカップが開催される前の年に行われるため、その時点での各国の力関係を確認できる貴重な機会として、各国は主力選手を揃えて大会に挑むことが多い。
日本は2001年大会で収めた準優勝が過去最高の戦績である。また、日本は2011年のAFCアジアカップを制したため、2013年6月からブラジルで行われる第9回大会への出場が決定している。第9回大会で日本は、ブラジル、イタリア、メキシコとそれぞれ対戦する。
FIFAコンフェデレーションズカップ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/28 01:45 UTC 版)
FIFAコンフェデレーションズカップ(英: FIFA Confederations Cup)は、 かつて国際サッカー連盟(FIFA)によって4年ごとに開催されていた、男子代表チームの国際サッカー大会である。6つの大陸選手権[注釈 1]のそれぞれの優勝国と、FIFAワールドカップの優勝国・開催国によって争われ、最大8チームによって争われた。
- 1 FIFAコンフェデレーションズカップとは
- 2 FIFAコンフェデレーションズカップの概要
FIFAコンフェデレーションズカップ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 01:23 UTC 版)
「サッカー日本代表」の記事における「FIFAコンフェデレーションズカップ」の解説
各大陸別選手権の王者の大会。プレW杯の大会では国際Aマッチデーに入っていた。2017年大会(第10回)で廃止。 1995年大会(第2回、当時の大会名はキング・ファハド・カップ) アジアカップを初制覇して初出場した大会であったが、2試合2敗・得点1失点8のグループリーグ最下位と惨敗に終わった。 2001年大会(第5回) 地元開催となった当大会では、初戦で北中米カリブ王者カナダを破りコンフェデレーションズカップ初勝利を上げると、第2戦でアフリカ王者カメルーンを撃破しグループリーグ突破を決めた。第3戦では南米王者ブラジル相手に善戦して引き分け、グループリーグ1位となった。準決勝では大雨の中、オーストラリアと対戦、中田のFKが決勝点となり1-0で勝利し決勝進出。しかし、決勝前に中心選手である中田が所属クラブであるASローマのスクデット争いのためにチームを離れ、決勝ではフランスに0-1で惜敗した。男子日本代表がA代表に於けるFIFA主催の大会で決勝に進んだのは史上唯一の快挙である(2019年現在)。 2003年大会(第6回) 初戦でオセアニア王者ニュージーランドに大勝するも、欧州王者フランス、南米王者コロンビアに連敗。グループリーグ3位となり、2大会連続のノックアウトステージ進出はならなかった。 2005年大会(第7回) 欧州王者ギリシャに勝利し、南米王者ブラジルと引き分けるも初戦で北中米カリブ王者メキシコに敗戦したことが響き、得失点差でグループリーグ3位となりノックアウトステージ進出ならず。 2013年大会(第9回) アジアカップ2011を制し、2大会振りの出場となったが同組にブラジル、欧州王者・イタリア、北中米カリブ王者・メキシコとワールドカップ優勝経験国2ヶ国が入る「死の組」に入り、3戦全敗のグループリーグ最下位に終わった。攻撃的サッカーを標榜して来た日本代表ではあったが、失点数は3試合で9点に及び、守備力不足が露呈した。
※この「FIFAコンフェデレーションズカップ」の解説は、「サッカー日本代表」の解説の一部です。
「FIFAコンフェデレーションズカップ」を含む「サッカー日本代表」の記事については、「サッカー日本代表」の概要を参照ください。
固有名詞の分類
スポーツ競技大会 | 全国高等学校総合体育大会ヨット競技大会 バレーボールワールドグランプリ FIFAコンフェデレーションズカップ 内閣総理大臣賞 IBAF女子ワールドカップ |
- FIFAコンフェデレーションズカップのページへのリンク