謎の失踪
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/16 06:06 UTC 版)
「ジム・トンプソン (実業家)」の記事における「謎の失踪」の解説
1967年3月26日に、休暇で訪れていたマレーシアの高級別荘地、キャメロンハイランドにあるシンガポール人の友人の別荘「ムーンライト・コテージ」で忽然と姿を消し、マレーシア軍や警察、現地の住人などのべ数百名を動員した大規模な捜索活動にも拘らず、その姿は二度と発見されることはなかった。 失踪当時、トンプソンは自らの名を冠したタイ・シルク製品生産、販売の成功によりアジアだけでなく、アメリカやヨーロッパでも有名になっていた。また当時ベトナム戦争が激化しており、それに伴い東南アジアで諜報活動が盛んになっていた上に、トンプソン自身が以前諜報機関に所属し、失踪当時もアメリカなどの諜報関係者と接触を持っており、政変が繰り返されていたタイの政府上層部や反政府指導者に知人が多かった。これらのことから、身代金目的の営利誘拐から諜報活動がらみの誘拐と暗殺、単なるジャングルでの遭難から地元住民による殺害まで、さまざまな失踪理由が取り沙汰されたものの、現在に至るまでその行方も生死も不明のままである。松本清張はこの事件をヒントに推理小説『熱い絹』を書いた。 なお、失踪から5か月後の8月30日、トンプソンの姉であるキャサリン・トンプソン・ウッド(当時74歳)がペンシルベニア州の自宅で他殺体で発見されているが、この事件の犯人は検挙されておらず、トンプソンの失踪との関連性も不明である。
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