設定・ルール
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/17 06:37 UTC 版)
「スティール・ボール・ラン」の記事における「設定・ルール」の解説
主催者はスティーブン・スティール。 1890年9月25日午前10時 / 西海岸サンディエゴビーチよりスタート、ゴールは東海岸ニューヨーク。 総距離約6000kmに及ぶ、史上初の乗馬による北米大陸横断レースである。 コースは9つのチェック・ポイントにより9つのステージに分けられる。ステージごとに、順位によってポイントとタイムボーナスが与えられ、スコアを合計して王者を決定する。チェックポイント(およびステージ内にある中間ポイント)を通りさえすればルート選択は自由。スタートの2分前からスタートまで、自分の番号のグリッドにいない、あるいは出た者はフライングと見なされ、ペナルティが加算される。 タイムボーナスは第8ステージまでに使い切ること。つまり第8ステージは実際の着順にタイムボーナスを反映調整したもので順位とポイントが決まり、タイムボーナスは最終ステージに持ち越せない。最終ステージは、第8ステージの実際の着順を基準に、1位から15秒毎に各馬スタート。 ゴールまでの所要日数は馬の1日あたりの走行距離限界(70 - 100km)から60 - 80日と見積もられているが、前例は一切無いため未知。完走者ゼロでレース失敗のおそれすらある。 参加資格は16歳以上であること。国籍、人種、性別、プロ・アマチュアなどは問われない。参加料に平均的労働者の月給相当を支払う(連載開始時の1200ドル・15万円)。 参加者総数は3852名。自動車・ラクダ・徒歩等、馬以外での参加も認められているが、馬(搭乗物)の交換は失格となる。 リタイア時には、レース主催者により交通費、医療費、宿泊費などがまかなわれる。 武装は許可され、同時に自分の身は自分で守らなければならない。運営がジャッジを行い、犯罪行為には警察も介入するものの、選手にとっては命懸けであり、監視の届かないところでは綺麗事では済ませられない。 過酷なコースゆえ、運営は気球からの監視や救助の幌馬車隊を出す。救助隊に水や食料を要求するとリタイア。 審議が必要な場合は審判員5名と、史上初の導入となる映写機撮影を元に着順が判定される。
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