細胞レベルでの影響
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 14:23 UTC 版)
ウイルスが感染して増殖すると、宿主細胞が本来自分自身のために産生・利用していたエネルギーや、アミノ酸などの栄養源がウイルスの粒子複製のために奪われ、いわば「ウイルスに乗っ取られた」状態になる。 これに対して宿主細胞はタンパク質や遺伝子の合成を全体的に抑制することで抵抗しようとし、一方でウイルスは自分の複製をより効率的に行うために、様々なウイルス遺伝子産物を利用して、宿主細胞の生理機能を制御しようとする。またウイルスが自分自身のタンパク質を一時に大量合成することは細胞にとって生理的なストレスになり、また完成した粒子を放出するときには宿主の細胞膜や細胞壁を破壊する場合もある。このような原因から、ウイルスが感染した細胞では様々な生理的・形態的な変化が現れる。 この現象のうち特に形態的な変化を示すものを細胞変性効果 (cytopathic effect, CPE) と呼ぶ。ウイルスによっては、特定の宿主細胞に形態的に特徴のある細胞変性効果を起こすものがあり、これがウイルスを鑑別する上での重要な手がかりの一つになっている。代表的な細胞変性効果としては、細胞の円形化・細胞同士の融合による合胞体 (synsitium) の形成・封入体の形成などが知られる。 様々な生理機能の変化によって、ウイルスが感染した細胞は最終的に以下のいずれかの運命を辿る。 ウイルス感染による細胞死 ウイルスが細胞内で大量に増殖すると、細胞本来の生理機能が破綻したり細胞膜や細胞壁の破壊が起きたりする結果として、多くの場合、宿主細胞は死を迎える。ファージ感染による溶菌現象もこれにあたる。多細胞生物の細胞では、ウイルス感染時に細胞周期を停止させたり、MHCクラスIなどの抗原提示分子を介して細胞傷害性T細胞を活性化したりして、アポトーシスを起こすことも知られている。感染した細胞が自ら死ぬことで周囲の細胞にウイルスが広まることを防いでいると考えられている。 持続感染 ウイルスによっては、短期間で大量のウイルスを作って直ちに宿主を殺すのではなく、むしろ宿主へのダメージが少なくなるよう少量のウイルスを長期間に亘って持続的に産生(持続感染)するものがある。宿主細胞が増殖する速さと、ウイルス複製による細胞死の速さが釣り合うと持続感染が成立する。テンペレートファージによる溶原化もこれにあたる。持続感染の中でも、特にウイルス複製が遅くて、ほとんど粒子の複製が起こっていない状態を潜伏感染と呼ぶ。 細胞の不死化とがん化 多細胞生物に感染するウイルスの一部には、感染した細胞を不死化したり、がん化したりするものが存在する。このようなウイルスを腫瘍ウイルスあるいはがんウイルスと呼ぶ。ウイルスが宿主細胞を不死化あるいはがん化させるメカニズムはまちまちであるが、宿主細胞が感染に抵抗して起こす細胞周期停止やアポトーシスに対抗して、細胞周期を進行させたりアポトーシスを抑制したりする遺伝子産物を作る場合(DNAがんウイルス)や、細胞の増殖を活性化する場合、またレトロウイルスでは宿主細胞のゲノムにウイルス遺伝子を組み込む際、がん抑制遺伝子を損傷することで、宿主細胞をがん化することも知られている。
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