五所川原立佞武多
(立佞武多 から転送)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/28 02:38 UTC 版)
五所川原立佞武多(ごしょがわらたちねぷた)は、民俗行事の「眠り流し」を起源とするねぷたの一種で、青森県五所川原市で開催される祭礼[1]。明治時代から大正時代の初期にかけて巨大ねぷたで知られたが、電線の架設や二度の大火を経て小型化していった[1]。1996年(平成8年)に巨大ねぷたが復活して「立佞武多」と命名され、1999年(平成11年)からは祭りの名称も「五所川原立佞武多」となった[1]。
- 1 五所川原立佞武多とは
- 2 五所川原立佞武多の概要
- 3 テーマ曲
立佞武多
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 00:36 UTC 版)
「新・光神話 パルテナの鏡」の記事における「立佞武多」の解説
業界において「最初にして最大」の企画として、ピットとパルテナを題材としたねぶたを作製、2011年8月4・5・6日の立佞武多に出展するという企画が実施された。出展された立佞武多は台座含めて10メートル近くの巨大なものである。この模様は3DSのサービス・ニンテンドービデオで同年8月5日から8月25日まで動画配信された。 さらに2011年5月22日から同年6月末までの間、公式サイトにて「みんなでつくる パルテナ立佞武多」という、公式サイト上からユーザーの3DSのMiiスタジオで製作したMiiのデータをSDカードを通じてパソコン上から送信してもらう企画が開催された。投稿・採用されたMiiのフォトデザイン計1295名分(縦35列、横37列)は出展された立佞武多の台座部分にプリントされた。 出展・制作のきっかけは、任天堂側が立佞武多の主催側から出展依頼を受けたことで、それを任天堂側から伝えられた桜井が『パルテナ』を題材にできないかと希望、主催側も「子供(ピット)や女性(パルテナ)のねぶたは希少なため、制作意義がある」と承諾された。なお、桜井当人は業務のスケジュールのため出席できなかった(当初は自身も向かう予定だった)が、後日に任天堂側から当日にパルテナ立佞武多のスタッフで使われた法被が届けられた。 なお、このねぶたの製作途中、担当のねぶた製作者が何のキャラクターのねぶたなのか聞くために、Twitter上に製作途中のパルテナのねぶたの写真を投稿・公開するという珍事が起きた。
※この「立佞武多」の解説は、「新・光神話 パルテナの鏡」の解説の一部です。
「立佞武多」を含む「新・光神話 パルテナの鏡」の記事については、「新・光神話 パルテナの鏡」の概要を参照ください。
- 立佞武多のページへのリンク