環状緑地帯計画とは? わかりやすく解説

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環状緑地帯計画

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/20 09:13 UTC 版)

東京緑地計画」の記事における「環状緑地帯計画」の解説

東京緑地計画の中で最も重要な計画は、東京市外周緑地設置する環状緑地帯計画(1939年昭和14年4月策定)で、この緑地帯から石神井川善福寺川など都市河川沿いに設置され緑地帯市街地貫入するように設定されている。このような放射環状緑地帯当時先進国都市計画では理想形とされていた。環状緑地帯計画した区域民有地田畑山林であったが、その拠点部分については緑地として都市計画決定し実際に買収し整備された。その他の環状緑地帯法的根拠与えられていなかったが、1941年昭和16年9月防空法改正に伴う空地指定制度創設により、東京では1943年昭和18年)に、東京緑地計画環状緑地帯継承する形で防空法に基づく空地空地帯:内環状・外環状・放射、各幅員200300m防空空地一箇所1000程度)が指定された。 防空法に基づく空地1946年昭和21年1月防空法廃止に伴い法的根拠を失うことになる。1946年昭和21年9月交付され特別都市計画法昭和21年9月10日法律第19号)では、第三条で(主務大臣は)特別都市計画施設として緑地地域指定することができること規定された(その後昭和29年特別都市計画法廃止されてもなお,緑地地域については土地区画整理法施行法附則2 項によって,当分の間その効力有するものとされた。)。戦災復興院1946年昭和21年9月27日に「緑地地域計画標準」を発し緑地地域市街地外周部と内部放射環状にとり「防空空地帯を指定され都市では、その指定区域根拠として」指定するように指示している。しかし、大阪名古屋など防空空地帯を指定していた都市緑地地域への切り替えをせず、東京のみが東京緑地計画以来グリーンベルト構想堅持した。1948年昭和23年8月防空空地帯を継承する形で緑地地域面積18,010ha)が都市計画決定された。 ドッジラインによる見直し等による影響受けて東京戦災復興都市計画縮小されていき、また、緑地地域では違反建築続出しその実態を追認するかのように指定解除措置がとられていく。1969年昭和44年)の新・都市計画法施行の際には、東京緑地地域そのもの全廃されている。

※この「環状緑地帯計画」の解説は、「東京緑地計画」の解説の一部です。
「環状緑地帯計画」を含む「東京緑地計画」の記事については、「東京緑地計画」の概要を参照ください。

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