廃刊の理由
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/16 09:29 UTC 版)
穎才新誌は投稿は当時の支配的な文体であった漢文訓読体が中心だったため、1900年前後の言文一致運動によって批判された。また当時の作文は名文暗誦主義に基づいていたため遊廓、飲酒などの大人のテーマが子供によって扱われていたが、この点も批判された。また当時は御伽噺と言われた子供向けの創作がはやっていたが、文語体である上、妾、姦通、女郎買い、母親殺しなどの性的な事柄や残酷な事柄が扱われていた。これも子供には子供らしい物語を与え大人の物語から離すべきだとする児童文学、さらに言文一致の少女・少年小説の登場を控えていた。この流れの中で穎才新誌の投稿作品も御伽噺と同じく子供にふさわしくないものとして扱われたと考えられる。
※この「廃刊の理由」の解説は、「穎才新誌」の解説の一部です。
「廃刊の理由」を含む「穎才新誌」の記事については、「穎才新誌」の概要を参照ください。
- 廃刊の理由のページへのリンク