各国の文民統制の歴史的経緯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 05:06 UTC 版)
「文民統制」の記事における「各国の文民統制の歴史的経緯」の解説
歴史上、多くの王や貴族などの支配者は政治家であると同時に軍人でもあった。主権国家体制の成立する以前の前近代では、必ずしも治安を維持する警察機能と国防を担う軍事機能が明確に峻別されるものではなく、武力・軍事力を常に独占的に掌握しておくことは政治的権力の維持のためにも必要であった。また外交が発展する近代までは安全保障の重要性が今以上に高かったためであると考えられる。また軍隊の組織も発展途上であり、軍事戦略・作戦・戦術に関する理論体系も整っておらず、兵器も原始的なものであったために専門的な知識・技能がなくとも作戦部隊の指揮官としての仕事がこなせたことも大きな要因である。古代中国では軍師と呼ばれる役職が存在し、君主や将軍に対し軍政問わず様々なアドバイスを行っていた。 近世以降は戦争が高度化・複雑化し軍事に関して専門的な知識・技能を持つ人材の確保が軍隊の急務になってきたため、近代からは士官学校で教育を受けた士官が指揮官となり、各兵科の教育を受けた下士官や兵による職業軍人で構成された軍に変化していった。同時に軍隊に残っていた王族や貴族といった政治家勢力を軍隊から排除することが指揮統率の合理化に必要である、ということが職業軍人たちから主張されるようになり、軍事の政治との分離が進んだ。これが軍隊の専門化を進め、現代の文民統制の基本形となっている。
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