ユソ‐しゅうどういん〔‐シウダウヰン〕【ユソ修道院】
ユソ修道院
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「サン・ミジャンのユソ修道院とスソ修道院」の記事における「ユソ修道院」の解説
下方のカルデナス渓谷(Càrdenas)に、「ラ・リオハのエル・エスコリアル」ことユソ修道院の堂々たる姿がある。元々は1050年に建てられたルネサンス様式のものだったが、1367年にエドワード黒太子に荒らされ、その後再建された。現存するものは全面的に再建されており、16世紀から18世紀のルネサンス様式やゴシック様式のものである。最古の部分は1504年に建設が始まった教会で、3つの身廊を持つ後期ゴシック様式のものだが、完成したのは18世紀のものである。 修道院の入り口は1661年に手がけられたもので、レリーフには聖エミリアヌスが描かれている。これは伝説上シマンカス(Simancas)の戦いでムーア人殺しのヤコブとともに、聖エミリアヌス(San Millán Matamoros,「ムーア人殺しの聖エミリアヌス」)が戦ったとされることに因んでいる。 玄関ホールは少し後れて1689年に作られたもので、「諸王のサロン」へと続いている。「諸王のサロン」は、修道院から祝福を受けた王たちの4枚の絵があることからそう呼ばれる。 主祭壇の祭壇画にはエル・グレコの画派に属する修道士フアン・デ・リッシ(Juan de Ricci)による17世紀の8枚の絵が飾られており、格子枠も17世紀のものである。教会奥には高い説教壇があり、きらびやかに飾られている。かつて教会参事会室であった18世紀の聖具室には金色の木像が並び、天井にはフレスコ画があって目を惹く。 回廊は二階建てで、下階は非常にすばらしい16世紀中葉のゴシック・フランボワイヤン様式で、教会へ通じる入り口はきらびやかである。上階はルネサンス様式である。 小さな美術館には、ルネサンス期からバロック期のフアン・デ・リッシやムリーリョの宗教画があり、12世紀のクルミ材の美しい聖母像もある。美術館そばには象牙を彫って作られた11世紀の聖遺物櫃2つが納められた祈祷所がある。1067年から1080年に作られた聖エミリアヌスの櫃には、人物たちの表情が印象的なロマネスク様式の14枚の板が付いている。1090年に作られた聖フェリクス(San Felices)の櫃には、厳かなビザンティン様式の5枚の板が付いている。これらの櫃はグランダ(Granda)によって1944年に復元されたものだが、象牙の板そのものは11世紀に修道院の象牙細工工房によって彫られた当時のままである。 図書館には1800点の作品があり、最古のものは10世紀のものである。そして、Glosas Emilianenses の複製もある。また、多くのコデックスやインキュナブラも所蔵されており、11世紀から16世紀までの文書類の驚くほどの蓄積がある。 ユソの外観
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