W-スピン W-スピンの概要

W-スピン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/23 09:19 UTC 版)

発見の経緯

人工技能研究グループが発足した当時はコンピュータ等を用いて投球動作を模したモデルを利用して加速動作の解析を行っていたものの、球速が実際のものに10%程足りない事に気付き皆一様に首を傾げた。大村は、そこで投手の動作をビデオで逆再生したところ、直線的な加速回路でなく、蛇や龍が体をくねらせるようにしなやかに腕を鞭のように振っていた事を発見する。

そして手塚一志が風邪をこじらせ部屋の一室でテレビを見ていたところ、水銀体温計を冷ます際の腕の動きがその時目にしていた投手がボールを放つ動作と酷似している事に気づく。 その事実を研究員らとのディスカッションを経て検証していった結果、従来の投球動作モデルの問題を論じ、そして、大村は一つのアイディアをまとめる「ピッチングを成り立たせている根本的な動作は二つの回旋運動である。」(簡便な上肢の数理モデルにおいての基礎的な検証では、二つの回旋運動が適切なタイミングで重ね合わさると、前腕は勝手に伸展する事が証明。伸展に影響する力学的な要素としては、上肢モデルの関節の加速度(トルク)、遠心力に重力、加えてコリオリ力{ジャイロ効果}の働きによるもの。)

それ以降はモーションキャプチャーを利用した運動数理解析モデルの構築を図るように方針を転換する。その際にはプロ野球選手の、千葉ロッテマリーンズ小宮山悟、当時マリーンズに所属していた伊良部秀輝の両投手がデータの収集に協力し、自らモデルとなる投球モーションを演じてみせた。(その際全身にマーキング用のテープがまかれたタイツを着用した。)大村皓一と研究グループの一員であった望月義幸、は小宮山、伊良部から得られたデータを基に、関節可動域や筋出力のデータをインプットしたモデルで最も効率の良い加速スタイルは何かと「最適化」の計算を当時最新のスーパーコンピュータに行わせた所、二重振り子的な投球動作から、二重回旋系の動作へ変更されたという。(最適化の条件は加速経路が非連続性を回避する。すなわち滑らかさという抽象表現の近似と、最小の筋力発揮で最大の末端部位の速度を得る事、人体の動作有限性を考慮した関節可動域を逸脱しない事が指定された。)そこで解析モデルが示したリリースは肩腕部の回旋を伴う、ふくよかなループ・モーションのリリースだったという。(ちなみにこの研究で望月博士は数学の博士号を授与された。)研究過程において、筋量の増加に因み投球中の可動域に対しても言及を残し、筋出力が向上するほど回旋運動が抑制的になるのではないかとの考察モデルも残した。

この研究で得られたデータは研究員らに衝撃を与えた。直線的な加速回路であった、二重振り子系の投球と比較し、一割程度、球速が向上したというデータも得られた。更には、伸展される前腕が伸展のための筋出力(三頭筋などをモデルにインプットしていない為)を発生させていないにもかかわらず、腕が伸びていたためである。(これは二重回旋の結果によるコリオリ力の働きによる。)ここから、投球動作は無用に腕を伸ばしてボールを押し出す必要がない(むしろ自発的筋出力による伸展は怪我のリスクを負う)という事実が科学的に証明された。ここから手塚は従来のコンディショニングメニューを見直し、現在の螺旋系の下半身の養成種目が中心のPNFを応用、重視した「スパイラル・レジスタンス」「うねりトレーニング」「クオ・メソッド」を考案するに至る。

理論の特徴から「二重回旋運動」として名付けられたが、厳密に把握すると、投球の場合は胴体(脊柱)によって構成される第一軸の回旋、肩腕部によって構成される第二軸の回旋、さらには手首(肘)の回内、回外動作によって第三軸の回旋が成立する事が分かっている。この事実を考慮すると、三重回旋(トリプルスピン)運動が、より正確である事が分かる。姫野らは「三重回旋運動」として、論文を発表していた。これらは野球のみならずスウィング系の動作ならば、普遍的に説明が可能であることから、「理論」ではなく、「原理」そのものという事実を人工技能研究グループは提唱。

参考記事 : 新しい魔球ジャイロボールの投球動作とボールが作る流れの数値解析

ダブルスピン投法&打法

以下は、手塚の理論による主張である。

体の中の2つの回旋軸

人間の体には回旋運動が出来る二つの軸がある。まず脊柱。これを回旋させる事で最初のスピン(1stスピン)が生まれる。第二回旋軸は肩甲骨と腕で形成されている。肩甲骨から肘まで上腕を回旋軸と考え、肘は90度に曲げておく。そして上腕を内向きに(シミュレーションにおいては随意運動と反射運動との違いを表現しづらいが人体の場合は反射的動作に限定する。)回旋運動が生じれば第二の回旋運動(2ndスピン)が生じる。バッティングの際には投球における前腕をバットに置き換えて対応させる。

そして第一軸の回旋が進んだ際に第二回旋軸のトルクが発生すればダブルスピン投法、打法が成立する。その際、コリオリ力がバットや前腕の伸展の際に発生し、リリース動作に寄与する事になるが、このコリオリ力をスウィング動作の原動力と主張する事により、認識の梯子的役割を持つ事になる。このコリオリ力は二つの回旋軸が平行にない位置で回旋運動を行った際にそのどちらの軸の向きでもない方向に現れる見かけ上の力の事である。このコリオリの回転トルクは発生に関与する回転軸の回転角速度の積に比例する。つまり第一軸が高速に遂行され、第二軸もタイミング良く発生させる事が可能になれば、より大きな力で末端部位の伸展に働く。

このコリオリの伸展トルクの大小を問わず(つまりプロレベルのパフォーマンスから老人や幼年の人間レベルのパフォーマンスも普遍的に)、「コリオリを意識することで二つの回旋軸の認識を促し、三次元的な運動の認識を容易にし、議論を正確にするためにはコリオリを意識する事が必要となる」というのが人工技能研究グループの主張である。コリオリの存在を仮定すれば、第一軸と第二軸の回旋運動の存在を前提とする事が必要となり必然的に三次元的な認識を生み出すためである。遠心力を原動力とするのではモデルは平面的で単純、主張とするにも目新しさに乏しい為だとされる。

筋肉を束で使う

二つのスピン運動を引き起こすためには、筋肉を単独でなく束で使う。従来考えられてきた投球動作では棘下筋と呼ばれる小さな肩周辺の筋肉に負荷を集中させてしまいやすい。筋肉を束で使う・・・この発想を理解するにはプロペラの付いたおもちゃの飛行機を思い浮かべて下さい。プロペラを巻くと束状になったゴムは巻かれ平等に引っ張られていく(アウターマッスル、インナーマッスルも同時に。)これ以上巻けない地点から開放するとプロペラは徐々に速度を上げ回転する(※反射的動作によるゼロポジションによる回旋運動)。限界までよじったゴムがよじり戻される。

今回のゴムは筋肉のモデルとしたが、反射的動作を持ち得る素材として有用である。何故ならば筋肉もバネやゴムのようにSSC(Stretch Shortning Cycle)という、筋、腱部は伸ばされる(伸張性収縮)と、その負荷が漸減されれば、勢いよく収縮(短縮性収縮)する事が知られている。この伸張、収縮がリズムよく反復的に発生すればSSCの運動様式が成立し、通常の運動と比較した場合、筋出力の増加と、消費カロリーが少なくて済むという特徴を持っている。詳述すれば筋に蓄えられた弾性エネルギーを利用する事でニュートン力学における出力=仕事を亢進するというものである。

1stスピンは第1軸の反射的回旋運動であり2ndスピンは第2軸の反射的回旋運動である。脊柱を中心とした体幹部をよじり戻しながら両腕をねじり戻せばダブルスピン投法となる。その際腕が捻られMES(Maximal External Spiral)と呼ばれる最大外旋位=(胸の張れるシーンからMIS(Maximal Internal Spiral)最大内旋位(手のひらが宙を向くシーン)まで肩周辺の筋肉らの総動員による弛緩→伸張→回旋→短縮のサイクル(RSSC※後述する)が成立する。

その際、回旋形態でのSSC=(Rotator Stretch Shortning Cycle)が発生すると手塚は考え、その運動様式をRSSCと名付けた。

(※従来、ゼロポジションでは回旋動作は発生不可能と考えられてきたが、1996年に手塚は回旋が可能になる余地、条件を発見。随意運動による回旋は外転作用三角筋が優位に働き、インナーマッスルである棘上筋と呼ばれる小さな筋肉を肩峰が挟み込む格好となり回旋運動は不可能(障害を招きやすい)となり、不随意運動(脱力に伴う肩腕部外転)ならば三角筋の先行的な収縮を抑え、意図的に捻らず、肩腕部が捻られるというポジショニングを確保出来ているならばゼロポジションでの回旋動作は可能となる。ダブルスピン運動原理による手塚自身の見解では、アウター優位でも、インナー強調でもなく、「束」での共同作業が肩腕部の筋腱本来の機能であると捉えられている。肩関節の可動域が大きい投手では、手のひらが宙を向くシーンが0度とすると、胸の張れるシーンでは推定で、180度程度にまで外旋が可能になる。MISからMESへのポジショニングの変位への回旋トルクの原動力は、胴体の回旋の結果による、その際の肩腕部のポジショニングで発生する二度に渡るRSSCである。)

スパイラルリリース

ピッチングの場合、ダブルスピンが発生すると外向きに捻られた肢位、MES(最大外旋位)から腕は勝手に内向きにねじられながら(スパイラルリリース)伸ばされる事が証明されている。これがコリオリ力の作用であり、前述した人工技能研究グループの主張でもある。

随意運動として捻っていないにもかかわらず、前腕部が自動的に伸展する事がダブルスピン原理の有用さの根拠としている。多くの投手はまっすぐ腕を振っている感覚を持っている事から、スパイラルリリースによる動作と慣性力による、ディファレンティション(感覚と実際の動作との差異)の関わり。更には感覚誤差との穴埋めを行う為のイメージを有する…人体には無意識のうちに運動を統括するとされる制御能=CPG(Central Pattern Generator)が脊髄レベルで存在すると考えられ、投球はRSSCという脊髄レベルでの反復、反射=不随意運動によって構成されている事実。ここから人間本来の理想のスウィングはCPGによって保存され、その運動様式の一環としてダブルスピンとの関連性が推察されている。

バッティングの場合、ダブルスピンが発生すると、ピッチングと同じく末端部位が伸展、更には腕部と共にバットが螺旋状に捻られ、フォロースルーからフィニッシュへのポジションにまで巻き戻る事が、運動数理解析モデルによるシミュレーションの結果によって証明されている。多くの打者は実際の動作とは違い、上から叩きつける感覚を保有している事から、腕部のポジショニングの結果による反射運動の掛け合わせの際、胴体の回旋に加えて、腕部のポジショニングによる反射的回旋運動の結果生じる、コリオリ力によってスウィング動作は構成されていると考えられている。

二つのスピンの掛け合わせタイミング

計算シミュレーションの結果1stスピンがかなり進んだ状態で急激に2ndスピンを開始させると運動エネルギーを少なくして最大の加速をえられる事が示されている。イメージとしては、「ギュゥ〜~~〜(1stスピンが進んで)、パッ(一気に2ndスピンが発生→リリースの完成)」である。

「クオ・メソッド」はこの事実とリプリンティングの際に用いられるタイム・マーキング等を利用した動作学習、養成法である。

ダブルスピンは肩を消耗しにくい

二重振り子で動作を行った場合と違い、束で筋肉を使うので筋ダメージは分散され一箇所だけに集まる事は無い。末端部位が加速される際(アクセラレーション・フェイズ)にもアウター、インナーの共同作業、減速の際(ディクセラレーション・フェイズ)にも共同作業が可能になる。疲労の蓄積は分散されているので徐々に疲れていく。特に大きな筋肉であるアウターマッスルも同時に反射的回旋運動に参加する事になる。

従来考えられてきたローテーター・カフと呼ばれる小さな回旋筋が運動を主導しているという推論から進化させたところに「スパイラル・リリース」がある。ゼロポジションにおいては全ての筋肉は外旋筋となり、また、内旋筋になる。


  1. ^ 手塚一志『プロ野球 バッティング&ピッチング解体振書』ISBN 4-569-66181-5、181〜184ページ。
  2. ^ ジャイロボール
  3. ^ ピッチングの正体
  4. ^ プロ野球ピッチング解体振書
  5. ^ プロ野球バッティング解体振書





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