高橋多賀二 高橋多賀二の概要

高橋多賀二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/09 09:33 UTC 版)

経歴

岡山県出身[1][2]。1910年(明治43年)5月、陸軍士官学校(22期)を卒業[2][3]。同年12月、歩兵少尉に任官し歩兵第39連隊付となる[3][4]。1923年(大正12年)11月、陸軍大学校(35期)を卒業した[1][2][5]

1934年(昭和9年)8月、陸軍歩兵学校教官に就任し、1935年(昭和10年)3月、歩兵大佐に昇進[1]。同年8月、歩兵第76連隊長に就任[1]。1937年(昭和12年)8月、第2師団参謀長に異動[1]。1938年(昭和13年)7月、陸軍少将に進級し歩兵第40旅団長に発令され日中戦争に出征[1][2]。1940年(昭和15年)8月、樺太混成旅団に転じた[1][2]

1941年(昭和16年)3月、陸軍中将に進んだ[1][2]。同年12月、第3師団長に親補され中国戦線に出征[1][2]江南殲滅作戦常徳殲滅作戦などに参戦した[2]1943年(昭和18年)3月、参謀本部付となり、同年5月、予備役に編入された[1][2]。1944年(昭和19年)4月、召集を受け留守第30師団長に任じられた[1][2]

栄典

位階
勲章等

参考文献

  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。

  1. ^ a b c d e f g h i j k l 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』277-278頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 『日本陸軍将官辞典』425-426頁。
  3. ^ a b 『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』271、277-278頁。
  4. ^ 『官報』第8256号、明治43年12月27日。
  5. ^ 『日本陸海軍総合事典』第2版、574頁。
  6. ^ 『官報』第8313号「叙任及辞令」1911年3月11日。
  7. ^ 『官報』第460号「叙任及辞令」1914年02月12日。
  8. ^ 『官報』第1988号「叙任及辞令」1919年03月21日。
  9. ^ 『官報』第3861号「叙任及辞令」1939年11月17日。
  10. ^ 『官報』第4438号・付録「辞令二」1941年10月23日。


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