出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/10 20:14 UTC 版)
定義
鎖複体
は、アーベル群、あるいは加群の列 ..., A2, A1, A0, A−1, A−2, ... であり、準同型(境界作用素 (boundary operator) あるいは微分 (differential) と呼ばれる) dn: An → An−1 で結ばれ、任意の2つの引き続いた境界作用素の合成は、すべての n について 0 となる (dn ∘ dn+1 = 0) ような作用素である。鎖複体は、普通は次のように書かれる。
![{\displaystyle \cdots \to A_{n+1}{\xrightarrow {d_{n+1}}}A_{n}{\xrightarrow {d_{n}}}A_{n-1}{\xrightarrow {d_{n-1}}}A_{n-2}\to \cdots {\xrightarrow {d_{2}}}A_{1}{\xrightarrow {d_{1}}}A_{0}{\xrightarrow {d_{0}}}A_{-1}{\xrightarrow {d_{-1}}}A_{-2}{\xrightarrow {d_{-2}}}\cdots }](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/img/dict/wkpja/https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/65d67ed73d551f6c58bb47e437220f047281ddad)
鎖複体の概念を少し変えたものが、双対鎖複体 (cochain complex) の概念である。双対鎖複体
はアーベル群、もしくは加群の列 ..., A−2, A−1, A0, A1, A2, ... であり、準同型
により結ばれ、2つの連続する写像は、すべての n についてゼロ写像 :
である。
![{\displaystyle \cdots \to A^{-2}{\xrightarrow {d^{-2}}}A^{-1}{\xrightarrow {d^{-1}}}A^{0}{\xrightarrow {d^{0}}}A^{1}{\xrightarrow {d^{1}}}A^{2}\to \cdots \to A^{n-1}{\xrightarrow {d^{n-1}}}A^{n}{\xrightarrow {d^{n}}}A^{n+1}\to \cdots .}](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/img/dict/wkpja/https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/ac300172d607b5eb0909b9e81207d267060dbf55)
各々の
あるいは、
の添え字
は、次数 (degree)、あるいは次元と呼ばれる。鎖複体と双対鎖複体の定義の唯一の違いは、鎖複体の場合は、境界作用素が次数を下げることに対し、双対複体の境界作用素は次数を上げることである。つまり、片側にのみ無限に続く複体でなければ、鎖複体と余鎖複体は、形式的には全く同じものである。
ほとんどすべての Ai が 0 である、つまり、有限個を除き、左右に 0 になり延長されている場合を有界鎖複体 (bounded chain complex) という。例として、(有限)単体複体のホモロジー論を定義する複体がある。鎖複体は、ある固定した次数 N より上ですべて 0 であれば上に有界 (bounded above) といい、ある固定した次数より小さいときにすべて 0 となる場合を下に有界 (bounded below) という。明らかに、上にも下にも有界であることと、複体が有界であることとは同値である。
インデックスを省いて、d についての基本的関係は、
![dd=0](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/img/dict/wkpja/https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/1758fc8809bba3e87404f71d5234ac7f1d3b8559)
と考えることができる。鎖複体の個別の群の元を、チェイン (chain)、鎖(コチェイン複体では コチェイン (cochain))と呼ぶ。鎖複体の場合の d の像をバウンダリ (boundary)、境界輪体、双対鎖複体の場合はコバウンダリ (coboundary)、余境界輪体と呼び、その全体は群をなす。鎖複体の場合 d の核(つまり、d により 0 へ写される元のなす部分群)の元は、サイクル (cycle) 、輪体、双対鎖複体の場合はコサイクル (cocycle)、余輪体と呼ばれる。基本的な関係から、(コ)バウンダリーは(コ)サイクルである。この現象は、(コ)ホモロジーを使い系統的に研究されている。
チェイン写像とテンソル積
チェイン写像(鎖写像)と呼ばれる、鎖複体の間の自然な射の概念がある。2つの複体 M* と N* が与えられると、2つの複体の間のチェイン写像は、Mi から Ni への準同型の列であって、M と N のバウンダリ写像に関する図式全体が可換となるものである。チェイン複体とチェイン写像は圏をなす。
V = V* と W = W* を鎖複体とすると、それらのテンソル積
は、次数 i の元たちが
![(V\otimes W)_{i}=\bigoplus _{{\{j,k|j+k=i\}}}V_{j}\otimes W_{k}](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/img/dict/wkpja/https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/3b7fa69c572ae846964c0823193a84dd0b0e2ed9)
で与えられ、微分が
![\partial (a\otimes b)=\partial a\otimes b+(-1)^{{|a|}}a\otimes \partial b](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/img/dict/wkpja/https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/1eb083e16d610001a3251a0d0dcca9dfc6d7e406)
で与えられる鎖複体である。ここに、a と b はそれぞれ V と W の任意の斉次ベクトルであり、
は a の次数を表す。
このテンソル積により、(任意の可換環 K に対し)K-加群の鎖複体の圏
は対称モノイダル圏(英語版)となる。このモノイダル積についての単位対象は、次数 0 の鎖複体と見た基礎環 K である。ブレイディング(英語版)は、斉次元の単純なテンソル上
![a\otimes b\mapsto (-1)^{{|a||b|}}b\otimes a](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/img/dict/wkpja/https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/bdd967d044706b59608823d6243f36a2738e0d1e)
により与えられる。符号はブレイディングがチェイン写像となるために必要である。さらに、K-加群の鎖複体の圏は、内部Homも持つ。鎖複体 V と W が与えられると、V と W の内部Hom, hom(V,W) は、次数 n の元が
により与えられ、微分が
![(\partial f)(v)=\partial (f(v))-(-1)^{{|f|}}f(\partial (v))](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/img/dict/wkpja/https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/9a88d888f00ba5529b65ae77f0f512c169d6e846)
により与えられる鎖複体である。すると、自然な同型
![{\text{Hom}}(A\otimes B,C)\cong {\text{Hom}}(A,{\text{Hom}}(B,C))](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/img/dict/wkpja/https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/ae1872bb957ae7a456576a72702464a9b684a899)
がある。