蝶々夫人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/22 04:49 UTC 版)
- アメリカの弁護士ジョン・ルーサー・ロングの短編小説
- 上記をもとに制作されたアメリカの劇作家デーヴィッド・ベラスコの同名の戯曲。
- 上記2作品をもとに制作されたジャコモ・プッチーニ作曲の同名のオペラ。
ジョン・ルーサー・ロングの「蝶々夫人」に関しては#外部リンク先を参照のこと。
『蝶々夫人』(ちょうちょうふじん、伊: Madama Butterfly, マダマ・バタフライ[注釈 1])は、プッチーニによって作曲された3幕もののオペラである。
長崎を舞台に、没落藩士令嬢の蝶々さんとアメリカ海軍士官ピンカートンとの恋愛の悲劇を描く。物語は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィアの弁護士ジョン・ルーサー・ロングが1898年にアメリカのセンチュリー・マガジン1月号に発表した短編小説(Madame Butterfly)」を原作にアメリカの劇作家デーヴィッド・ベラスコが制作した戯曲を歌劇台本化したものである。1904年2月17日、ミラノのスカラ座で初演されたそれは大失敗だったが、同年5月28日ブレシアで上演された改訂版の成功以来、世界のオペラハウスの標準的なレパートリー作品となっている。
色彩的な管弦楽と旋律豊かな声楽部が調和した名作で、日本が舞台ということもあり、プッチーニの作品の中では特に日本人になじみ易い作品である。特に第2幕のアリア「ある晴れた日に」は非常に有名である。
注釈
出典
- ^ JEUNESSE DE LA MUSIQUE
- ^ 日本橋オペラ「お菊さん」日本初演のプログラム P.17
- ^ 萩谷由喜子『蝶々夫人』と日露戦争、中央公論新社、2018年、p.40
- ^ レズリー・ダウナー『マダム貞奴』 集英社 2007年 P.256
- ^ 『時の光の中で』浅利慶太、文春文庫、2009年1月10日、p215
- ^ a b c 三浦 1942.
- ^ "Madame Butterfly premieres" The Day in History
- ^ “真央プロフィール&レコード | 浅田 真央オフィシャルウェブサイト”. mao-asada.jp. 2022年2月17日閲覧。
- ^ 音楽界 1914, p. 48, マットフェルドから高折寿美子あての3月10日付の手紙の写し.
- ^ 音楽界 1914, p. 20.
- ^ 増井 1984, pp. 208–217, 巻末41, 巻末45-46, 高折周一、寿美子夫妻のアメリカみやげ「蝶々夫人」.
- ^ 増井 1984, pp. 288–294, 巻末47, 「蝶々夫人」で大成功した三浦環.
- ^ 読売新聞. (1914年10月11日). "彼女得意の胡蝶夫人"
- ^ 増井 1984, p. 209.
- ^ 女一人、執念で突きとめた真実 父の遺志をつぎ汚名と誤解を晴らすために戦い続けた人生日経ビジネス、2009年11月13日
- ^ 日本橋オペラ「お菊さん」日本初演のプログラム P.14
- ^ 「蝶々夫人は人種差別的、オペラ専門家が批判 - 英国」afpbbnews 2007年02月14日
- ^ 『マダム・バタフライ』 - Kバレエカンパニー
- ^ “蝶々夫人篇 | のり平アニメCMギャラリー | 懐かしののり平アニメCM | 広告ギャラリー”. 桃屋. 2024年3月22日閲覧。
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