猫田勝敏とは? わかりやすく解説

猫田勝敏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/25 08:34 UTC 版)

猫田 勝敏(ねこだ かつとし、1944年2月1日 - 1983年9月4日)は、日本の元男子バレーボール選手。広島県広島市安佐南区古市(旧・安佐郡古市町)出身[1]


  1. ^ 日本バレーボール界で3種類のメダルを持っているのは猫田と南将之のみ。
  2. ^ 当時は出町豊とのツーセッター1966年(昭和41年)、第6回世界選手権の後、セッターが出町から猫田にバトンタッチされ、猫田の時代が始まった(『日本バレーボール協会五十年史―バレーボールの普及と発展の歩み』日本バレーボール協会、1982年、299頁。
  3. ^ 総監督に、高校時代の恩師の稲葉正文を迎え入れた。
  4. ^ 同日には俳優・演出家の桑山正一も61歳で死去したため、翌日の新聞(一般紙)のほとんどが社会面において桑山・猫田両名の訃報を並べて掲載していた。
  1. ^ 猫田勝敏 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」コトバンク 2018年7月9日閲覧
  2. ^ サオリン、リオ切符!伊に敗戦も2セット奪取で4大会連続五輪 - スポニチ、2016年5月22日
  3. ^ FIVB 20世紀最優秀賞決定”. 日本バレーボール協会 (2001年1月). 2010年4月22日閲覧。
  4. ^ a b c #世界一のセッター(6)「進化求めた末の天井サーブ」2008年5月20日18面
  5. ^ #世界一のセッター(9)「"あと1本"病室でも戦った」2008年5月23日24面
  6. ^ ひとりの選手として 今井啓介オフィシャルブログ 2011年10月27日付
  7. ^ a b c d #世界一のセッター(3)「球拾いに行ってきます」2008年5月15日20面
  8. ^ a b c 「SCOOP'83 バレーボールを100倍面白くした名セッター猫田逝く」『サンデー毎日』、毎日新聞社、1983年9月25日号、167頁。 
  9. ^ a b c #世界一のセッター(4)「右腕骨折も"あきらめんけ"」2008年5月16日22面
  10. ^ a b c d #世界一のセッター(7)「後継者探しで勧誘に奔走」2008年5月21日20面
  11. ^ a b c #世界一のセッター(1)「スパイクミスは俺のせい」2008年5月13日20面
  12. ^ #世界一のセッター(4)「仲間うなった酒席での持論」2008年5月17日14面
  13. ^ 没後20年を記念し「猫田シート」設定 JT”. 中国新聞(Internet Archive) (2003年12月3日). 2010年4月22日閲覧。
  14. ^ 「名セッター猫田」次代にトス 広島県スポ少バレーに記念賞”. 中国新聞(Internet Archive) (2007年12月3日). 2010年4月22日閲覧。
  15. ^ NHK「東京2020オリンピック」
  16. ^ Katsutoshi Nekoda - Class of 2023” (英語). International Volleyball Hall of Fame - Holyoke, Massachusetts USA. 2024年3月24日閲覧。
  17. ^ 『叙勲・褒章の手引 映えある栄典の日のために』p.92 千秋社 1985年
  18. ^ 『毎日放送』1984年7月3日付夕刊、7面。


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