火の海 宣伝

火の海

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/11 14:36 UTC 版)

宣伝

インスは本作の製作の宣伝の一環として、主演の青木の伝記を架空のものに書き換えた。1914年1月31日の『モーション・ピクチャー・ワールド』は、青木が桜島の出身で、噴火で家族全員を亡くしたと報じた。この記事によると、インスは心を痛めた青木に桜島に帰らせるように思ったが、彼女を慰めるためにも『火の海』に出演させ、この映画で噴火時の同胞たちを描くことで、青木や同胞たちの苦しみを世界に示すことができるようにしたという[36][46]。また、NYMPCの配給会社ミューチュアル・フィルム英語版の宣伝雑誌『リール・ライフ』にも、青木が著名な日本の芸術家の娘であるとする伝記が掲載された[47]。しかし、実際の青木は桜島ではなく福岡市の出身で、印判店を営む家の娘である[38][48][注 8]。宮尾によると、インスはメロドラマの悲劇的なヒロインとして中産階級の観客にアピールするために、青木の架空の伝記を作り、それをお涙頂戴的な方法で使用したという[36][38]。これらの伝記風の宣伝は、青木が本作で演じた役柄に感情的および心理的な信憑性を与えた[38]

本作の公開のために、インスは中産階級の観客を対象とした大規模な宣伝キャンペーンを展開した[47]。NYMPCは公開の4か月前の1914年2月14日という早い時期に、『ニューヨーク・クリッパー英語版』誌に「『火の海』を待つ」と表明する広告を掲載した。映画の公開前後には、主要な業界誌が毎週のように、さまざまなスチル写真や画像、「この時代で最もスリリングで面白い作品」「壮大でゴージャスなスペクタクル」といったセンセーショナルな宣伝文句が付いた本作の1ページの広告を掲載した[47]。これらの広告には、怒っている仏像とその前で祈る着物姿の日本人女性など、エキゾチックな日本を描いたイラストが使われていた[50]。また、本作の公開前の1914年5月1日に青木と早川は結婚したが、それも本作の宣伝キャンペーンに利用された[50][51]


注釈

  1. ^ アメリカでは『The Destruction of Sakura-Jima』もしくは『The Destruction of Sakura-Jima or The Wrath of the Gods』という題名で公開されたこともある[1][2]
  2. ^ 一部資料では、役名は「山木勝臣男爵」となっている[11]
  3. ^ 一部資料では、役名は「とや子」となっている[11]
  4. ^ 一部資料では、役名は「陰陽師の猛夫」となっている[12]
  5. ^ クレジット上では役名表記は「ハノケ(Hanoke)」となっているが[10]、『早川雪洲:傑作集』では「歯抜け」というあだ名の車夫と説明している[13]
  6. ^ 4リール、もしくは5リールとする資料もある[2][24]
  7. ^ このような演出は、本作の後に公開された早川の主演作『タイフーン英語版』(1914年)でも取り入れられている[10]
  8. ^ ただし、青木は9歳で渡米後、サンフランシスコ在住の日本人画家の青木年雄の養女として育てられていた[49]

出典

  1. ^ a b c d e Miyao 2007, p. 57.
  2. ^ a b Taves 2012, p. 77.
  3. ^ 中川 2012, p. 369.
  4. ^ 鳥海 2013, pp. 43, 68.
  5. ^ 霞 1922, p. 77.
  6. ^ Miyao 2007, pp. 61–64.
  7. ^ Taves 2012, pp. 77–79.
  8. ^ a b フィルムセンター 1993, p. 46.
  9. ^ 霞 1922, pp. 77–165.
  10. ^ a b c d e f g h i j k l m n o フィルムセンター 1993, p. 45.
  11. ^ a b 霞 1922, p. 86.
  12. ^ 霞 1922, p. 83.
  13. ^ 霞 1922, p. 125.
  14. ^ 中川 2012, pp. 45, 105.
  15. ^ 鳥海 2013, p. 68.
  16. ^ a b c Miyao 2007, p. 51.
  17. ^ 鳥海 2013, pp. 44–45.
  18. ^ Taves 2012, p. 76.
  19. ^ a b 宮尾大輔「『ハリウッド・ゼン』解説」『大島渚著作集 第4巻 敵たちよ、同志たちよ』、現代思潮新社、2009年3月、 302-303頁、 ISBN 978-4329004628
  20. ^ 垣井 1992, p. 61.
  21. ^ 中川 2012, pp. 368–369.
  22. ^ 垣井 1992, p. 70.
  23. ^ “The Wrath of the Gods”. Janesville Daily Gazette. Newspapers.com (Janesville, Wisconsin): p. 6. (1914年11月14日). オリジナルの2014年12月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141210173449/http://www.newspapers.com/clip/1406504/the_wrath_of_the_gods/ 2014年8月29日閲覧。 
  24. ^ a b c Hans J. Wollstein (2014年). “The Wrath of the Gods”. The New York Times. Baseline & All Movie Guide. 2014年5月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月14日閲覧。
  25. ^ フィルムセンター 1993, p. 20.
  26. ^ a b ジョルジュ・サドゥール 著、村山匡一郎、出口丈人、小松弘 訳 『世界映画全史5 無声映画芸術への道 フランス映画の行方〔1〕1909-1914』国書刊行会、1995年6月、180-181頁。ISBN 978-4336034458 
  27. ^ 岩本憲児「インス、トーマス・ハーパー」 『世界映画大事典』日本図書センター、2008年7月、87頁。ISBN 978-4284200844 
  28. ^ a b フィルムセンター 1993, p. 22.
  29. ^ a b Taves 2012, p. 79.
  30. ^ “Tom Ince engages company of Jap artists”. New York Clipper: p. 15. (1914年1月31日). https://idnc.library.illinois.edu/cgi-bin/illinois?a=d&d=NYC19140131.2.81&e=-------en-20--21--txt-txIN-The+%22wrath+of+the+gods%22-------- 2021年2月24日閲覧。 
  31. ^ a b フィルムセンター 1993, p. 21.
  32. ^ Miss Enid Markey”. Illustrated Films Monthly (Mar - August 1914). p. 382. 2014年8月29日閲覧。
  33. ^ “New York Motion Picture Company”. Motion Picture News: 56. (23 May 1914). https://archive.org/stream/motionp09moti#page/n609/mode/2up 2014年8月29日閲覧。. 
  34. ^ a b Miyao 2007, pp. 63–64.
  35. ^ a b Miyao 2007, p. 62.
  36. ^ a b c d Miyao 2007, p. 58.
  37. ^ 鳥海 2013, p. 78.
  38. ^ a b c d e Miyao 2013, p. 157.
  39. ^ Miyao 2007, pp. 62, 64.
  40. ^ a b 垣井 1992, p. 71.
  41. ^ 鳥海 2013, p. 77.
  42. ^ a b c Miyao 2007, p. 61.
  43. ^ a b c d e f Miyao 2007, p. 64.
  44. ^ a b Miyao 2013, p. 158.
  45. ^ Hershfield, Joanne (2000). The Invention of Dolores Del Rio. University of Minnesota Press. p. 120. ISBN 978-0-8166-3410-1 
  46. ^ Miyao 2013, pp. 156–157.
  47. ^ a b c Miyao 2007, p. 59.
  48. ^ 鳥海 2013, p. 18.
  49. ^ 鳥海 2013, pp. 21–22.
  50. ^ a b c Miyao 2007, p. 60.
  51. ^ “Japanese film actress marries”. New York Clipper: p. 16. (1914年5月9日). オリジナルの2015年2月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150221143924/http://idnc.library.illinois.edu/cgi-bin/illinois?a=d&d=NYC19140509.2.121&srpos=46&e=-------en-20--41--txt-txIN-The+%22wrath+of+the+gods%22------ 2015年2月21日閲覧。 
  52. ^ Waller, Gregory. “Japan on American screens, 1908–1915”. Indiana University. 2015年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月16日閲覧。
  53. ^ “21,000 AT VAUDEVILLE SHOW; Night Entertainments Begin at Ebbets Field, Brooklyn.”. The New York Times: p. 11. (1914年6月23日) 
  54. ^ Bowser, Eileen (1990). The Transformation of Cinema, 1907–1915, Volume 2, Part 2. University of California Press. p. 258. ISBN 978-0-520-08534-3 
  55. ^ “The Wrath of The Gods at Palace”. Reading Times. Newspapers.com (Reading, Pennsylvania): p. 7. (1914年12月3日). オリジナルの2014年12月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141210175502/http://www.newspapers.com/clip/1406509/the_wrath_of_the_gods_at_palace/ 2014年8月29日閲覧。 
  56. ^ “Engagement Extraordinary”. Iowa City Press-Citizen. Newspapers.com (Iowa City, Iowa): p. 7. (1914年12月15日). オリジナルの2014年12月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141210175111/http://www.newspapers.com/clip/1406511/extraordinary_engagement/ 2014年8月29日閲覧。 
  57. ^ “The Wrath of The Gods review”. The Chicago Daily Tribune. Newspapers.com (Chicago, Illinois): p. 9. (1914年6月27日). オリジナルの2014年12月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141210175216/http://www.newspapers.com/clip/1406514/the_wrath_of_the_gods_review/ 2014年8月29日閲覧。 
  58. ^ “The Wrath of the Gods”. The Washington Post. Newspapers.com (Washington, District of Columbia): p. 11. (1914年10月6日). オリジナルの2014年12月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141210181745/http://www.newspapers.com/clip/1406524/crandalls_the_wrath_of_the_gods/ 2014年8月29日閲覧。 
  59. ^ “Today's best photoplay stories”. Chicago Daily Tribune. Newspapers.com (Chicago, Illinois): p. 16. (1914年6月29日). オリジナルの2014年12月10日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141210174245/http://www.newspapers.com/clip/1406521/full_review_of_the_wrath_of_the_gods/ 2014年8月29日閲覧。 
  60. ^ “Do Not Miss This”. True Republican: p. 1. (1914年11月21日). オリジナルの2015年2月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150221133331/http://idnc.library.illinois.edu/cgi-bin/illinois?a=d&d=STR19141121.2.8&srpos=11&e=-------en-20--1--txt-txIN-The+%22wrath+of+the+gods%22------ 2015年2月21日閲覧。 
  61. ^ a b 中川 2012, p. 145.
  62. ^ 野上英之 『聖林の王 早川雪洲』社会思想社、1986年10月、114-115頁。ISBN 978-4390602921 
  63. ^ 牧野守 『日本映画検閲史』パンドラ、2003年4月、150頁。ISBN 978-4768478141 
  64. ^ 淀川長治 『淀川長治自伝 上巻』中央公論社、1985年6月、64頁。ISBN 978-4120014000 
  65. ^ Bernardi, Joanne (2001). Writing in Light: The Silent Scenario and the Japanese Pure Film Movement. Wayne State University Press. p. 320. ISBN 978-0814329610 
  66. ^ 2008 Milestone Cinematheque DVD edition”. Silentera.com. 2014年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年8月30日閲覧。
  67. ^ 30th Los Angeles Asian Pacific Film Festival coming in May 2014”. The What It Do (2014年4月1日). 2016年3月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年5月16日閲覧。






火の海と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「火の海」の関連用語

火の海のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



火の海のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの火の海 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS