渡邉藤男
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/25 12:57 UTC 版)
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基本情報 | ||||
本名 |
渡邉 藤男 わたなべ ふじお | |||
愛称 |
フーちゃん[1] フジオ[1] | |||
国籍 |
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生年月日 | 1966年5月7日 | |||
没年月日 | 2024年4月28日(57歳没) | |||
身長 | 174.0cm[1] | |||
体重 | 80.0kg[1] | |||
縁故選手 | 渡邉伸二(兄)[1] | |||
選手情報 | ||||
所属 | 日本競輪選手会栃木支部[2] | |||
ホーム | 宇都宮[1] | |||
期別 | 57期[3] | |||
脚質 | 追[1] | |||
■最終更新日:2024年5月12日 ■テンプレートを表示 |
渡邉 藤男(わたなべ ふじお、1966年5月7日[1] - 2024年4月28日)は、栃木県出身の元競輪選手。現役時代は日本競輪選手会栃木支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第57期生。兄の渡邉伸二(49期)も元競輪選手。
経歴
進学校の高校に通っていた頃には自転車をやっていたが、進路を考える時期になると日本体育大学に進学か、料理を好んでいたためその道もと迷っていたが、兄の伸二が競輪選手だったことや、大学で勉強をやりたくないとの考えから競輪学校を受験、合格した[4]。1986年5月1日、岸和田競輪場でデビュー[1][3]。1996年1月4日に大垣競輪場でS級初優勝[1][3]。日本選手権競輪、オールスター競輪、寛仁親王牌、競輪祭などのビッグレースにも出場経験がある[3]。2000年代後半までは常時S級に格付けされた。
2024年4月12日午前10時55分頃、栃木県宇都宮市田野町のトレーニング施設「リラクゼーションサロンVent」の低圧室を利用中、従業員の53歳女性が体調不良を訴えたため渡邉が119番通報したが、その後に渡邉が意識を失い、低圧室内で2人とも意識不明で倒れているところを駆け付けた消防隊員が発見、女性は心臓マッサージを受けて意識を取り戻したが、渡邉は重体で市内の病院に救急搬送、同月28日午後11時頃に低酸素脳症で死亡、57歳没(享年59)[2][5][6][7][8][9]。
事故のあった施設の運営者は競輪選手で渡邉とは練習仲間であり事故当時、現場にいた女性は運営者の妻[10]。渡邉は常連客でそれまで200回以上、施設を利用していた[10]。福田滉の話として渡邉はかなり練習を頑張る人だったという[11]。
2024年4月9日の宇都宮FII(ミッドナイト)最終日第3レース7着がラストレースとなった。5月2日、選手登録消除[12]。通算3179戦258勝、優勝10回[3]。
差し脚が切れるタイプで[13]、武器はゴール前の伸び[3]。温厚な性格だった[13]。子供は息子が2人[4]。
脚注
- ^ a b c d e f g h i j “渡邉藤男”. KEIRIN.JP (2023年1月3日). 2023年1月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年5月12日閲覧。
- ^ a b “低圧室でトレーニング中に倒れたか、男性競輪選手が意識不明…宇都宮市のトレーニング施設”. 読売新聞 (読売新聞社). (2024年4月12日). オリジナルの2024年4月29日時点におけるアーカイブ。 2024年5月12日閲覧。
- ^ a b c d e f “【競輪】渡辺藤男選手が死去 低圧室から搬送され意識不明 通算258勝10Vでビッグ出場も”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2024年4月30日) 2024年5月12日閲覧。
- ^ a b 渡邉藤男 (2018). "渡邉藤男さんの取材メモです". 立野純公式SNS (Interview). Interviewed by 谷友梨子. 2024年5月13日閲覧。
- ^ “低圧室でトレーニング、意識不明だった57歳の競輪選手が死亡 栃木”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2024年4月29日) 2024年5月12日閲覧。
- ^ “低圧室で競輪選手が意識不明の重体 宇都宮の施設で2人搬送 トレーニング中か、宇都宮中央署が経緯調べる”. 下野新聞 (下野新聞社). (2024年4月12日) 2024年5月12日閲覧。
- ^ “重体だった競輪選手男性が死亡…低圧室で意識不明で発見の事故 栃木・宇都宮市”. 日テレNEWS (日本テレビ). (2024年4月29日). オリジナルの2024年4月29日時点におけるアーカイブ。 2024年5月12日閲覧。
- ^ “高地トレーニング用カプセルで意識不明の競輪選手が死亡 宇都宮”. khb東日本放送 (東日本放送). (2024年4月29日) 2024年5月12日閲覧。
- ^ “競輪選手死因は低酸素脳症 栃木、低圧室トレーニングで体調不良”. 産経新聞 (産経新聞社). (2024年4月30日) 2024年5月12日閲覧。
- ^ a b “「数値設定ミス」原因か 宇都宮の低圧室事故、オーナー男性が見解 競輪選手意識不明”. 下野新聞 (下野新聞社). (2024年4月14日) 2024年5月12日閲覧。
- ^ “【久留米競輪(ナイター)FⅠ】重体の渡邉藤男を尊敬する福田滉が中割りでS級復帰1勝”. 西スポレースサイト (西日本新聞社). (2024年4月13日) 2024年5月12日閲覧。
- ^ “【競輪選手】登録消除者一覧(2024年度)”. netkeirin (ネットドリーマーズ). (2024年5月8日) 2024年5月13日閲覧。
- ^ a b “【日本選手権競輪】神山拓弥「藤男さんの前で何度も先行している!」”. netkeirin (ネットドリーマーズ). (2024年5月1日) 2024年5月12日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 選手通算成績 - KEIRIN.JP
- 渡邉藤男のページへのリンク