毎日放送 沿革

毎日放送

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沿革

阪急百貨店うめだ本店13階屋上広場に設置された「民間放送誕生の地」プレート(2016年9月9日撮影)
  • 1950年(昭和25年)12月27日 - 「新日本放送株式会社」設立。初代社長に杉道助が就任。大阪市北区天神橋7丁目に仮スタジオと研修センターを置いた。その後、大阪市北区角田町にある梅田阪急ビル(阪急百貨店本店、現・阪急百貨店うめだ本店)屋上に本社及び演奏所を建設。試験放送開始と同時に業務機能を完全に移転。
  • 1951年(昭和26年)4月21日 - 中部日本放送(現・CBCラジオ)他15局と共に予備免許が交付される。コールサイン:JOOR、周波数:1210kc、出力10kW。この日は1993年記念日「民放の日」となった。
  • 1951年(昭和26年)7月8日 - 日本初の民間放送として試験電波を発射。
  • 1951年(昭和26年)7月31日 - 本免許交付。
  • 1951年(昭和26年)8月15日 - サービス放送開始(8月31日まで実施)。
  • 1951年(昭和26年)9月1日 - 新日本放送、本放送開始(JOOR)。中部日本放送より5時間30分遅れて正午に本放送開始。民放では日本で2番目。キャッチフレーズは「あなたの民間放送
  • 1951年(昭和26年)9月3日 - 現在も続く民放ラジオ最長寿番組歌のない歌謡曲』放送開始。
  • 1956年(昭和31年)9月1日 - 開局5周年。
  • 1956年(昭和31年)12月1日 - 朝日放送、朝日新聞社毎日新聞社と合弁で会社を設立し大阪テレビ放送を開局。
  • 1958年(昭和33年)6月1日 - 新日本放送の社名を「株式会社毎日放送」に改称。
  • 1959年(昭和34年)3月1日 - MBSテレビ、地上アナログ本放送開始(JOOR-TV)。東京・フジテレビ、福岡・九州朝日放送と同日開局。日本教育テレビ(NETテレビ、現在のテレビ朝日)・フジテレビとネットワークを結ぶが、翌年NETテレビに1本化された。
  • 1959年(昭和34年)3月6日 - 長寿紀行番組『真珠の小箱』放送開始。
  • 1959年(昭和34年)10月 - ラジオの出力を20kWに増力。
  • 1959年(昭和34年)10月5日 - 長寿番組『皇室アルバム』放送開始。
  • 1960年(昭和35年) - 大阪府吹田市千里丘陵に2階建ての「千里丘スタジオ」完成。番組制作機能を移転。
  • 1961年(昭和36年)9月1日 - 開局10周年。
  • 1963年(昭和38年)10月6日 - 全国ネットのクイズ番組アップダウンクイズ』放送開始。1985年(昭和60年)の放送終了まで22年間に亘って放送された看板番組であった。
  • 1964年(昭和39年) - TBSラジオRKBラジオと暫定ラジオネットワークを結成。翌年のJRN(Japan Radio Network)発足へと繋がる。
  • 1965年(昭和40年)5月2日 - TBSラジオをキーステーションとしたラジオネットワーク、JRNに加盟。
  • 1965年(昭和40年)5月3日 - 文化放送ニッポン放送をキーステーションとしたラジオネットワーク、NRN(National Radio Network)に加盟。
  • 1966年(昭和41年)9月1日 - 開局15周年。
  • 1967年(昭和42年)4月1日 - テレビのカラー本放送開始。大阪地区では4番目。
  • 1967年(昭和42年)6月10日 - 民間放送教育協会(民教協)発足と同時に加盟。
  • 1967年(昭和42年)10月2日 - 深夜ラジオ番組『歌え!MBSヤングタウン』(現在の『MBSヤングタウン』)放送開始。
  • 1968年(昭和43年)7月1日 - 三井物産三菱商事などの支援を受けて、東京12チャンネル(現・テレビ東京)の番組制作を請け負う株式会社東京十二チャンネルプロダクション(現在の株式会社テレビ東京)を設立。
  • 1969年(昭和44年)7月3日 - 桂三枝(現・6代桂文枝)が司会のバラエティ番組『ヤングおー!おー!』放送開始。吉本興業の若手お笑い芸人の登竜門として、明石家さんま島田紳助らを輩出した。
  • 1969年(昭和44年)10月1日 - 東京12チャンネルとマイクロネットを結び、NETテレビとのクロスネット局となる(1975年3月30日まで)。
  • 1970年(昭和45年)1月1日 - 同日、NETテレビをキーステーションとしたテレビニュースネットワーク、ANNに加盟。全国ニュースタイトルは、他の系列局に遅れて、4月より『ANNニュース』(スポットニュースは『MBSニュース ANN』)となる(それまでは従来通り『MBSニュース』だった)。
  • 1971年(昭和46年)9月1日 - 開局20周年。
  • 1971年(昭和46年)11月 - ラジオの出力を50kWへ増力。
  • 1971年(昭和46年)12月31日 - この日を最後にNETテレビ(現在のテレビ朝日)の『23時ショー』のネットを打ち切り、金曜日分の制作からも撤退。地方からの問題提起として話題を撒く。
  • 1972年(昭和47年)10月9日 - ラジオの生ワイド番組『ごめんやす馬場章夫です』放送開始。
  • 1974年(昭和49年)4月8日 - ラジオの生ワイド番組『ありがとう浜村淳です』放送開始。
  • 1974年(昭和49年)- ラジオニュースの編集権が毎日新聞社から毎日放送に移管。ニュースタイトルを『毎日ニュース』に変更。
  • 1975年(昭和50年)3月31日 - テレビのキー局をNETテレビからTBSテレビに変更。テレビネットワークの“腸捻転”が解消される。朝日放送テレビに代わって、5社連盟北海道放送、TBSテレビ、CBCテレビ、MBSテレビ、RKB毎日放送)、JNNにそれぞれ加盟、「東芝日曜劇場」の制作にも参加。また当日から近畿広域圏のJRNのニュースネットワーク担当局が朝日放送ラジオからMBSラジオに移管した。
  • 1976年(昭和51年)1月5日 - 近畿広域圏では初のローカルワイドニュース『MBSナウ』放送開始。
  • 1976年(昭和51年)9月1日 - 開局25周年。
  • 1977年(昭和52年)5月15日 - ラジオの周波数を1210kHzから1180kHzに変更。
  • 1978年(昭和53年)11月23日 - 国際電気通信連合(ITU)の取り決めにより、周波数が9kHzステップへ移行。それに伴い、午前5時をもってラジオの周波数を1180kHzから1179kHzに変更。
  • 1978年(昭和53年)12月10日 - テレビの音声多重放送を開始。
  • 1980年(昭和55年)4月 - 近畿広域圏初のローカル・ドキュメンタリー番組『映像'80』放送開始(2020年現在、番組タイトルは『映像'20』)。
  • 1981年(昭和56年)9月1日 - 開局30周年。
  • 1982年(昭和57年)2月11日 - 第1回『毎日カルチャースペシャル ラジオウォーク』を実施。毎年初春の風物詩として毎年2月に開催。現在は、年およそ2回行われている。
  • 1982年(昭和57年)9月19日 - 『ヤングおー!おー!』放送終了。
  • 1983年(昭和58年)4月7日 - 全国ネットのクイズ番組『世界まるごとHOWマッチ』(東京支社制作、東京での収録)放送開始(大橋巨泉石坂浩二ビートたけし他出演)。『アップダウンクイズ』と共にテレビの看板クイズ番組であった。
  • 1984年(昭和59年)1月25日 - 毎日放送アナウンサーが総出演のバラエティ番組『あどりぶランド』放送開始。放送局のアナウンサー総出演のバラエティ番組の先駈けとなった。
  • 1985年(昭和60年)10月6日 - 『アップダウンクイズ』放送終了。
  • 1986年(昭和61年)3月 - 『選抜高等学校野球大会』を国内テレビ初のサラウンド放送実施。
  • 1986年(昭和61年)9月1日 - 開局35周年。
  • 1990年(平成2年)4月5日 - 『世界まるごとHOWマッチ』放送終了。
  • 1990年(平成2年)4月16日 - 明石家さんま冠番組痛快!明石家電視台』放送開始。
  • 1990年(平成2年)7月 - 毎日放送の社名ロゴタイプを変更。前代ロゴを少し細く・丸帯びたようなものであった。但し、MBSのロゴは従来通り。新しいデザインによる社旗(三色旗)、社章(バッジ)[注 7] 制定。
  • 1990年(平成2年)9月1日 - ラジオ開局40周年を機に大阪市北区茶屋町に15階建ての新本社・放送センター完成、同区堂島毎日大阪会館内)にあった登記上本店機能と吹田市の千里丘放送センターの機能の一部を移転・統合。9月1日からテレビは2日間、ラジオは5日間にわたって開局40周年・新社屋放送開始記念の特別番組を制作・放送。
  • 1991年(平成3年)9月1日 - 開局40周年。
  • 1992年(平成4年)3月15日 - 午前9時、ラジオのAMステレオ放送開始(TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送、朝日放送ラジオと同時)。
  • 1992年(平成4年)3月31日 - 民教協を脱退。近畿地方においての民教協番組はKBS京都サンテレビジョンテレビ和歌山がクッション期間としての形で1年間放送した後、1993年(平成5年)から朝日放送テレビに移行。
  • 1995年(平成7年)1月17日 - 兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)が発生し、ニューススタジオにあったセットが倒壊。テレビ・ラジオとも、当日午前からすべてのCMをおよそ2日間中止し、その放送枠に安否情報や生活情報を挿入。CM再開後もミニ番組などを休止し同様の情報を1月28日まで連日放送。
    後に、震災当時のラジオ放送を活字にまとめた『阪神大震災の被災者にラジオ放送は何ができたか 「被災していない人への情報はいらない!」と言い続けた報道者たち』(ISBN 4810422259)という本が出版されている。
  • 1996年(平成8年)9月1日 - 開局45周年。
  • 1998年(平成10年)3月18日 - 『あどりぶランド』放送終了。
  • 1998年(平成10年)4月5日 - 日曜夜の看板番組となる全国ネットの人物密着ドキュメンタリー番組『情熱大陸』放送開始。
  • 1999年(平成11年)9月 - 『MBSヤングタウン』月 - 金曜の放送終了(金曜日2018年4月6日から再開し、土日は現在も継続)。
  • 1999年(平成11年)10月11日 - テレビの看板番組となる夕方の情報生番組『ちちんぷいぷい』放送開始。
  • 2000年(平成12年)9月29日 - 『MBSナウ』放送終了。同年10月2日より『VOICE』へとリニューアル。
  • 2001年(平成13年)3月31日 - ユニバーサル・スタジオ・ジャパン内にMBSスタジオ in USJ完成。
  • 2001年(平成13年)4月14日 - 土曜デイタイムの情報生番組『せやねん!』放送開始。『ちちんぷいぷい』とともにMBSテレビを代表する看板番組。
  • 2001年(平成13年)9月1日 - 開局50周年。
  • 2003年(平成15年)9月26日 - 『ごめんやす馬場章夫です』放送終了。
  • 2003年(平成15年)10月7日 - なんばパークス内にラジオ局のサテライトスタジオとなるパークスラジオパラダイスをオープン。
  • 2003年(平成15年)12月1日 - 午前11時 地上デジタルテレビジョン放送開始(JOOR-DTV)。この際、社長・山本雅弘(当時、後に会長を歴任)の提案で、地域に根ざした放送局を目指す「スーパーリージョナルステーション」にすることを宣言。
  • 2004年(平成16年)3月1日 - アナログ・デジタル統合マスター(NEC製)運用開始。
    • 現在発行しているベリカード(テレビ・ラジオ共通)は前述のアナログ・デジタル統合テレビマスターの全景写真(パノラマ撮影)がデザインされている[注 8]
  • 2004年(平成16年)3月27日 - 『真珠の小箱』放送終了。
  • 2004年(平成16年)7月 - 在阪放送局主体のイベントとしては初となるオーサカキングを大阪城公園一帯で開催、40万人を超える人出となる。好評につき、2008年(平成20年)まで開催された。
  • 2006年(平成18年)9月1日 - 開局55周年。
  • 2007年(平成19年)8月25日 - 9月2日 - 世界陸上選手権大阪大会をJNN・JRN系列で独占中継。制作協力として参加した。
  • 2008年(平成20年)2月6日 - 千里丘ミリカセンターがオープン。
  • 2008年(平成20年)2月12日 - 東京支社が赤坂Bizタワーに移転。
  • 2010年(平成22年)3月1日 - 未明の放送終了を以ってラジオのAMステレオ放送を終了。早朝4:30の放送開始よりモノラル放送に移行。
  • 2010年(平成22年)3月15日、ほかの在阪ラジオ5局と共同でインターネットでのサイマル放送「radiko」を試験的に開始(大阪府・京都府・兵庫県・奈良県。2010年12月1日からは滋賀県・和歌山県にも拡大)。「radiko」ではステレオ配信を実施している。
  • 2011年(平成23年)7月24日 - この日正午をもって地上アナログテレビ放送を終了(TBSテレビ制作『アッコにおまかせ!』の放送中に終了)。新聞・テレビ情報誌の表記が「毎日テレビ」「毎日ラジオ」から「MBSテレビ」「MBSラジオ」に変更される。アナログ放送停波前に特別な局名告知が放送され、こちらの映像は同局の公式Youtubeチャンネルにアップロードされている。
  • 2011年(平成23年)9月1日 - 開局60周年を迎えることを記念として、CIを刷新。"MBS"及び"毎日放送"ロゴマークの変更、コーポレートカラーに黄緑色を制定する。(テレビ中継車の一部を黄緑色を基調としたデザインに変更。同時に4マーク及び1179マークも変更。社旗は黄緑地に白抜きで「MBS」の新ロゴ、その下に黒字で「Mainichi Broadcasting System,Inc.」と表記された物に変更。また社章(バッジ)は2011年度入社分までは従来の物を使用しているが、2012年度分から新デザインにて使用される。)テレビでの製作・著作クレジット表示を毎日放送からMBSに統一。
  • 2013年(平成25年)10月1日 - 地球環境保護、電力供給不安の解消、社会への貢献を目的に、高石ラジオ送信所(大阪府高石市)の敷地内で「毎日放送高石太陽光発電所」の運営を開始。これを機に、在阪の放送局では初めて太陽光発電事業に乗り出した。なお、同発電所で生み出された電力は、20年間の予定で全量を関西電力に販売する。
2011年8月まで使用されたロゴ。現在も一部に限り継続使用され、ミリカセンター、ベリカード、デジタル放送のSTLパラボラ、子会社などは現在も使用。
  • 2014年(平成26年)4月4日 - 午前1179[23] 秒に、本社「B館」がグランドオープン。このオープンを機に、「あらためまして、MBS」というキャッチフレーズを使用。
  • 2015年(平成27年)4月20日 - 本社B館にマスターを移転し、災害時でも確実に放送を継続できるように対応した新マスターの運用を開始(NEC製)。
  • 2016年(平成28年)3月19日 - この日の正午放送の在阪3局共同制作特別番組『ほんまもんのワイドFMをハッキリ愛して』より、朝日放送ラジオ・ラジオ大阪と共に、奈良県生駒市の生駒山にある生駒FM補完中継局からFM補完放送(ワイドFM、90.6MHz)を開始[24]
  • 2016年(平成28年)7月28日 - 認定放送持株会社に移行する計画であると発表、同日付で分割準備会社である「毎日放送分割準備株式会社」を設立[25]
  • 2016年(平成28年)9月 - 在阪の放送事業者では初めて、気象庁から予報業務許可事業者としての実施許可を受けた(許可第202号)[26]。この許可によって、近畿地方などを対象に、毎日放送が独自に調査した天気予報(ピンポイント予報など)をテレビ・ラジオ番組で放送できるようになった[27]
  • 2016年(平成28年)9月1日 - 開局65周年。
  • 2016年(平成28年)9月6日 - 同月1日にラジオの本放送開始65周年を迎えたことから、ワイドFMの周波数 (90.6MHz) にちなんで、9月6日を「MBSラジオの日」にすることを発表。日本記念日協会に申請したところ、記念日として正式に認定されたため、この日に放送された『ありがとう浜村淳です』内で登録証の授与式が催された。放送局によるワイドFM用周波数にちなんだ記念日の登録・認定は日本初の事例で、AM用周波数にちなんだ記念日を含めても、文化放送・ニッポン放送に次ぐものである[28]。また、当時と同じ阪急百貨店うめだ本店屋上に、「民間放送誕生の地」記念プレートを設置。
  • 2016年(平成28年)10月 - 開局65周年を記念した特別企画として、13日から16日までの期間に、クルーズ客船ぱしふぃっくびいなす」のチャーターによる有料のスペシャルツアー「MBSプロデュース 豪華客船 神戸発着3泊4日の旅『ドリームズ・カム・クルーズ』」を開催。船上では、テレビ番組(『ちちんぷいぷい』『せやねん!』)・ラジオ番組(『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』『ヤマヒロのぴかいちラジオ』)向けの生中継や、テレビ・ラジオのレギュラー番組(『プレバト!!』『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』)からの派生企画などのイベントを連日実施した。最終目的地の屋久島に到着した15日には、『あっぱれ!屋久島ツアー 神秘の島でパワーをもらっちゃおうスペシャル』(系列局・南日本放送とのコラボレーションによる開局65周年特別番組)を同局と同時に生放送(11:58 - 12:54)[29]。また、近藤光史(元・アナウンサーで『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』パーソナリティ)や山中真アナウンサーの案内によるオプショナルツアーを開催した。
  • 2017年(平成29年)1月6日 - 前年9月に気象庁から気象予報業務の実施許可を受けたことを背景に、この日放送の『ちちんぷいぷい』から、毎日放送の独自調査による「ピンポイント天気予報」(特定の地点に向けた天気予報)の放送を開始。2017年9月29日まで、毎週金曜日の第2部(関西ローカルパート)エンディングで放送していた。
  • 2017年(平成29年)4月1日 - 放送法などの手続や総務大臣の認可などを経て、同日付で(旧)毎日放送の商号を「MBSメディアホールディングス」に変更。全国で8社目、在阪準キー局では初めて放送持株会社体制へ移行した。また、分割準備会社である毎日放送分割準備に放送事業などを承継させたうえで、「(新)毎日放送」(以下「新社」と略記)を発足。新社ではテレビ放送事業とラジオ放送事業を分割せず、従来のラ・テ兼営体制を維持する[25] ほか、旧社に所属していたアナウンサーや番組スタッフも新社に自動転籍したうえで引き続き勤務している。
  • 2017年(平成29年)4月3日 - テレビの『ちちんぷいぷい』に続いて、ラジオの平日生ワイド番組『松井愛のすこ〜し愛して♥』『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』や、ラジオのプロ野球中継『MBSベースボールパーク』(阪神甲子園球場から阪神タイガースの主催試合を中継する場合)でも毎日放送の独自観測に基づく天気予報のレギュラー放送を開始。
  • 2018年(平成30年)5月11日 - 『あどりぶランド』の復活版に当たる『コトノハ図鑑』を、深夜に特別番組として放送したうえで、7月12日からレギュラー化。2020年3月29日まで、1年9ヶ月にわたって放送された。
  • 2018年(平成30年)7月29日 -(28日深夜)午前3時半頃〜午前6時10分まで、台風12号の影響で高石ラジオ送信所に落雷があり、約2時間半中波での放送が停止した。落雷による放送停止は同社が1951年にラジオ放送を開始して以来初めて。茶屋町の本社にある予備送信所を使用して代替放送したが、出力が1kWなため電波は大阪市内と北摂地域周辺にしか届かなかったと見られる[30]。なおFM補完中継局やradikoでの放送に異常は無かった。
  • 2019年(平成31年)1月8日(7日深夜) - 対話型ヒューマノイドロボット「CommU(コミュー)」3体(せんた・れふた・らいた)が人間の悩みに答えるテレビ番組『ロボロボ』を、この日からレギュラーで放送。石黒浩大阪大学特別教授)を初めとするロボット工学の研究者と毎日放送による産学連携プロジェクトに沿った共同研究実験(番組表上の略称は「阪大MBS」)の一環で、人間が一切登場しない代わりに、ロボットだけで進行するテレビのレギュラー番組は日本の放送局で初めてとされる[31]
  • 2019年(平成31年)1月28日 - 本社M館の2階に新装された「ライブセンター」の運用を、この日の『ちちんぷいぷい』の生放送から開始。
  • 2019年(平成31年)3月29日 - 『VOICE』の放送終了。
  • 2019年(平成31年)4月1日 - 『ちちんぷいぷい』の放送時間を番組史上最短の1時間54分(13:55 - 15:49)まで短縮したうえで、同日から全編を同時ネット番組として放送。また、同番組の関西ローカルパートと『VOICE』の放送枠を統合したうえで、平日の15:49 - 19:00で総合情報番組『ミント!』の放送を開始。
  • 2019年(令和元年)7月16日 - 千里丘ミリカセンターが閉鎖[1]
  • 2019年(令和元年)11月1日 - 「日本一早い2025大阪万博応援番組」と銘打ったラジオ番組『ばんぱく宣言 われら21世紀少年団』を、この日から2025年(令和7年)までの6年間にわたってレギュラーで放送。
  • 2020年(令和2年)3月30日 - 2014年10月からJNN加盟局の一部で同時ネットを実施していた『ちちんぷいぷい』を、この日から再び関西ローカル番組として編成。また、前月まで単独番組として放送されてきた『コトノハ図鑑』を、この日から「へぇ~のコトノハ」というレギュラーコーナーに移行させた。
  • 2020年(令和2年)4月 - 年頭から日本国内で新型コロナウイルスへの感染が拡大していることへの対応策として、テレビ・ラジオ番組の制作・放送体制を平時から大幅に変更。その一方で、テレビ制作局のプロデューサー時代に『ちちんぷいぷい』などの番組を立ち上げた岡田公伸取締役が、感染に伴う心筋症のため9日に60歳で急逝した。以上の事態を受けて、20日(月曜日)からは、同番組と『ミント!』の放送枠を暫定的に統合。『おうちにいようよ ちちんぷいぷい&ミント!』(5月最終週のみ『あしたのために ちちんぷいぷい&ミント!』)というタイトルで、5月29日(金曜日)まで放送している。
  • 2021年(令和3年)4月1日(予定) - 毎日放送(新社)が保有するラジオ事業とラジオ放送免許を、吸収分割方式で毎日放送ラジオ分割準備株式会社 [32](MBSメディアホールディングスの全額出資で2020年5月28日に設立)へ承継。毎日放送(新社)は、テレビ単営局として商号を変更する(承継・変更後の商号はいずれも未定)[33][34]
  • 2021年(令和3年)9月1日 - 開局70周年(予定)。

設立

第二次世界大戦終結から間もない1947年(昭和22年)、GHQが「放送基本法」と「電波三法」(放送法電波法電波監理委員会設置法)の立法措置を指令し、1950年(昭和25年)6月に施行された。これを契機に「民間放送」の設立が日本各地で相次ぎ、施行前の1950年4月21日、民間放送会社16社に予備免許が下りた。そのうちの1つ、新日本放送株式会社(しんにっぽんほうそう、略称 NJB英称 New Japan Broadcasting System,Inc.)は、関西財界の支援の下、毎日新聞社京阪神急行電鉄(現:阪急阪神ホールディングス)と日本電気(NEC)を中心に設立された。実際に創立の中心となったのは、毎日新聞社を依願退職した高橋信三であった。

高橋は民間放送の将来性と必要性を説き、毎日新聞社時代に培った個人のコネクションをフルに利用して出資者や番組スポンサーを募集。設立途中で出遅れた朝日新聞社の机上案に過ぎなかった朝日放送との合併工作という横槍を頑として撥ね付け、現在でもその録音が残る朝日側との激しい公聴会のやりとりの末、漸く新日本放送の開局に漕ぎ着けた。

京阪神急行電鉄の資本が入っていた関係で、開局当初は系列企業であった阪急百貨店(現・うめだ本店)屋上に本社・スタジオを構えており、スタジオで行われる公開録音の観覧者のために、百貨店の休業日に関係なく利用できるエレベーターが設置されていたという[注 9]

民放初の試験電波発射

1951年(昭和26年)7月8日、22時00分 - 22時30分、日本の民間放送として初めて試験電波を発射。電波管理局(「監理局」ではない)の指示により「NJB」と「JOOR」というアナウンス、レコード音楽のみ。7月12日、26日にも実施。

1951年(昭和26年)8月15日、サービス放送開始。12時00分、14時00分、16時00分、18時00分、20時00分から各1時間放送。

試験放送は民間放送で最も早く開始したものの、本放送の開始は1951年(昭和26年)9月1日正午と中部日本放送(現・CBCラジオ)より5時間半遅れているため、単独ではCBCラジオが日本初の民間放送として扱われる。ただし日付上は同日の開局であるために、両者併記されることもある。

キャッチフレーズは「あなたの民間放送」。

持株会社へ

近年のインターネットスマートフォンなどの普及により、日本の放送業界全体にも変化が見え始め、2008年のフジ・メディア・ホールディングス(旧フジテレビジョンから社名変更)を皮切りに認定放送持株会社への移行が全国各地で進んでいる。そんな中、毎日放送も2016年7月28日に認定放送持株会社に移行することを発表した。同日付で持株会社の分割準備会社として「毎日放送分割準備株式会社」を設立し、2017年4月1日に旧・毎日放送は「株式会社MBSメディアホールディングス」に商号を変更し、放送免許・放送事業などの現業全般は、毎日放送分割準備から商号変更した「(新)株式会社毎日放送」が継承した。日本の放送持株会社移行は、在京キー局以外では中部日本放送(CBC)、RKB毎日ホールディングスに次いで3社目となり、全国で8番目で、JNN系列局では4番目、在阪準キー局では初となる。なお、TBSやCBCのようなラジオ・テレビの分社化[35] を実施しなかっため、RKBと同様にテレビ・ラジオの兼営を名実とも続けていた。ラジオ放送事業部門の分社化によって、ラジオ・テレビ放送事業を別々の法人で運営する2021年4月1日[36]以降は、広域圏が放送対象地域に定められているテレビ・ラジオ局がすべて単営局になる。

社史・記念誌

毎日放送では、新日本放送時代に発行した1冊も入れて、以下の5冊を発行している(2016年7月時点)。

  • NJBの四年(新日本放送株式会社・編) 1954年発行、108ページ。
  • 毎日放送十年史(毎日放送株式会社・編) 1961年12月15日発行、284ページ。
  • 毎日放送の40年(毎日放送40年史編纂室・編) 1991年9月発行、697ページ。
  • 毎日放送の40年・資料編(毎日放送40年史編纂室・編) 1991年9月発行、382ページ。
  • 毎日放送50年史(毎日放送50年史編纂委員会事務局・編) 2001年9月発行、519ページ。



注釈

  1. ^ MBSベースボールパーク』(ラジオ番組)、『ちちんぷいぷい』など
  2. ^ 但し暫くは、ラジオ番組の一部を梅田の阪急グランドビル内にあったサテライトスタジオ「ラジオポートMBS」で制作して、『すてきな出逢い いい朝8時』などのテレビ番組制作は千里丘に残った。
  3. ^ MBSテレビでは、TBSテレビからの同時ネットで『ひるおび!』を放送していた。
  4. ^ 放送技術67巻8月号 新マスター稼働後はワンセグ2サービスやHD+SDマルチ編成が可能になる。
  5. ^ ただし 毎日放送の公式フェイスブック では「「M館」→「MAIN」の「M」、「B館」→「BASE」(=基地)の「B」、「S館」(千里丘)→「STORAGE」(=倉庫)」とコメントしている(2013年9月4日)
  6. ^ 在京キー局の本社周辺に在阪準キー局が東京支社を構えているのは、毎日放送と日本テレビ系列読売テレビの2局のみである。読売テレビの東京支社は以前汐留シティセンターに構えていたが2009年(平成21年)11月に汐留の日本テレビ本社などが入居する「日本テレビタワー」に移転し、在阪準キー局の東京支社で唯一読売テレビが、在京キー局の本社ビルに入居する形となった。
  7. ^ それまでの社章は、同心円を3つ重ねて縦に電波を、横に“MBS(NJB)”をレイアウトしたものが使われていた。
  8. ^ 受信報告書はテレビ・ラジオとも視聴者センターで受け付け
  9. ^ 澤田隆治「上方芸能笑いの放送史」、『NHK人間大学』1994年10月 - 12月期、日本放送出版協会、1994年、90頁。
  10. ^ 「くもくもとりさん」は2006年4月から、「げじー」は2015年7月から登場。
  11. ^ 2019年11月時点の現役アナウンサーでは、関岡香・高井美紀・古川圭子・武川智美・松井愛・西村麻子・松川浩子・上田悦子・松本麻衣子が該当。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j 会社紹介 - MBS
  2. ^ a b 役員の改選に関するお知らせ - 株式会社MBSメディアホールディングス・株式会社毎日放送
  3. ^ a b c d e f g 第4期決算 貸借対照表/損益計算書(100万円未満切捨て) - 株式会社毎日放送
  4. ^ a b c d MBS:本社北側に新館 - 毎日jp(大阪夕刊、2013年9月4日付、同年12月6日閲覧) ※インターネットアーカイブ
  5. ^ (株)毎日放送本社新館を助成対象として決定しました(大阪市経済戦略局企業立地部企業立地課2011年4月11日付プレスリリース)[リンク切れ]
  6. ^ MBS:本社北側に新館インターネットアーカイブ) - 毎日新聞・2013年9月4日付掲載記事
  7. ^ ほなね君(毎日放送) - 公式Facebookアカウント(2013年2月12日エントリー)
  8. ^ 2014年4月4日。MBS本社1階に「ちゃやまちプラザ」がオープンします。
  9. ^ MBS 生放送を一層重視…番組に来年2月に「ライブセンター」完成で(『デイリースポーツ2018年1月18日付記事)
  10. ^ 社長記者会見を開催しました (PDF)”. 毎日放送 (2019年1月18日). 2019年1月20日閲覧。
  11. ^ 毎日放送の新情報発信基地「MBSライブセンター」が28日に「ちちんぷいぷい」生放送で始動(『スポーツ報知2019年1月18日付記事)
  12. ^ きょうと地域創成府民会議構成団体順不同 - 京都府(2012年8月25日閲覧)
  13. ^ 『MBSマンスリーリポート』2020年11月1日放送分特集「京都支局の記者に密着」
  14. ^ 兵庫県 神戸市中央区 江戸町の郵便番号 - 日本郵便
  15. ^ 井門神戸ビルの入居テナント情報 - 日本全国のビルに入居している会社やオフィスをまとめる
  16. ^ 〒460-0003 愛知県名古屋市中区錦3丁目6-35 - Google マップ
  17. ^ 株式会社毎日放送名古屋支局(名古屋市中区錦/放送業・放送局) - iタウンページ
  18. ^ 徳島県の記者クラブに加盟している報道機関が知りたい。(Q & A) - 徳島県庁コールセンター すだちくんコール(徳島県、2010年3月31日更新、2012年8月25日閲覧)
  19. ^ 徳島県 徳島市 八百屋町の郵便番号 - 日本郵便
  20. ^ MBSテレビのネットチェンジ以前は朝日放送(現・朝日放送グループホールディングス)、以後はTBSテレビが「JNNパリ支局」を開設していた。
  21. ^ 毎日放送報道局からベルリン・パリの両支局に派遣されていた大西史浩カメラマンが「MBS NEWS」Facebook公式アカウントに2017年10月19日付で投稿した記事 を参照。
  22. ^ 社長記者会見を開催(毎日放送2019年7月24日付プレスリリース)
  23. ^ ラジオの周波数1179kHzから
  24. ^ MBS・ABC・OBC3局にワイドFM免許交付 3月19日放送開始へ THE PAGE 2016年2月29日
  25. ^ a b ニュース - 毎日放送が認定放送持株会社に移行を計画、社名は「MBSメディアホールディングス」,ITpro,2016年7月28日
  26. ^ 予報業務許可事業者(気象・波浪)の連絡先 気象庁
  27. ^ オンエアの裏側 MBS「お天気部」広瀬駿キャスター 生活情報交え幅広く 毎日新聞 2016年12月20日
  28. ^ 9月6日は「MBSラジオの日」…FM周波数にちなみスポーツ報知 2016年9月6日
  29. ^ MBSテレビでは、通常編成の『せやねん!』第2部を、当番組の放送枠に充てた。ちなみに、南日本放送(MBCテレビ)では、2016年10月3日(月曜日)から『ちちんぷいぷい』前半(13:55 - 15:50)の同時ネットを実施している。
  30. ^ MBSラジオが落雷で放送停止 放送開始後初トラブル、約2時間半 神戸新聞
  31. ^ 出演者はロボットだけ 毎日放送が大阪大と組んで新番組(『日本経済新聞』2018年12月12日付記事)
  32. ^ 毎日放送ラジオ分割準備株式会社の情報 国税庁法人番号公表サイト
  33. ^ ラジオの分社に向けた新会社設立について(毎日放送2020年5月28日付プレスリリース)
  34. ^ a b 社長記者会見を書面で開催しました(毎日放送2020年8月26日付プレスリリース)
  35. ^ 在阪局では、2018年4月1日に「朝日放送グループホールディングス株式会社」への商号変更・放送持株会社体制へ移行した朝日放送が、同日付でテレビ放送部門とラジオ放送部門を分社化。持株会社の子会社として、「朝日放送テレビ」と「朝日放送ラジオ」が発足した(参考)。
  36. ^ [1]
  37. ^ 阪急航空株式会社からの報道取材部門の譲受について 朝日航洋 2009年4月1日
  38. ^ 毎日放送はママアナがいっぱい(『AERA』2007年4月5日臨時増刊号「カラダ AERA」)を参照。
  39. ^ MBS・西村麻子アナウンサー 〝時短〟弁当メニューでフル勤務もお任せ(『スポーツニッポン』「在阪民放アナのリレーコラム『アナランド』」2019年4月29日付記事)
  40. ^ 田丸一男アナウンサーがMBSアナウンサーページ内で開設する公式ブログ『田丸一男のことばエッセイ』2017年2月15日付記事「~が見て取れます」
  41. ^ MBSアナウンサー - MBS毎日放送
  42. ^ MBSラジオ『サンデー競馬中継 みんなの競馬』MBS競馬ヒストリー などを参照
  43. ^ 毎日放送編・著『まるのまんな あどりぶランド』(シンコーミュージック、1987年)に掲載の「開局以来のアナウンサー名鑑」などを参照
  44. ^ 「西宮流」Who's Who 「0からの風」上映実行委員長 岩崎宏さん
  45. ^ 2013年3月6・13日放送『カンニング竹山のゼニウスの夜』出演時に紹介。
  46. ^ 古瀬日宇氏死去 宗総本山妙満寺第302世貫首共同通信2003年9月5日付配信記事)
  47. ^ 株式会社セイ 河本俊美
  48. ^ アドバンス朗読教室講師 フリーアナウンサー・古沢久美子
  49. ^ 当番組のディレクターからテレビ営業局タイム営業部へ異動した時期の尾嵜のプロフィール を参照
  50. ^ 日本民間放送連盟賞/2011年(平成23年)テレビ教養番組・優秀賞<毎日放送>クニマスは生きていた!~“奇跡の魚”はいかにして「発見」されたのか?~
  51. ^ MBS「ちちんぷいぷい」五輪コーナーに“スポーツのおっちゃん”(『スポーツニッポン2016年8月4日付記事)
  52. ^ 毎日放送社員紹介 報道局番組センター・米沢飛鳥
  53. ^ 毎日放送人事ポータルサイト(2015年版)報道局ニュースセンター 仁熊邦貴
  54. ^ 黒木奈々さん死去 32歳の若さで、フリーアナウンサー 胃がん闘病中 - スポニチアネックス(2015年9月19日)※2015年9月22日閲覧
  55. ^ 放送人「情熱大陸」(TBS系、日曜午後11時)ディレクター・宮瀬永二郎さん(『毎日新聞2016年3月28日付記事)
  56. ^ 「情熱大陸」世界選手権を終えた羽生結弦の思いとは(『ザ・テレビジョン2016年4月6日付記事)
  57. ^ 系列局取材のニュースが全国級になった場合、JNNの基金から補助金が支払われる代わりに、系列局単独ではなく「JNNの取材」と表記される。
  58. ^ 鎌田正明「テレビよ、誇りはあるか」『週刊現代』第51巻第35号、講談社、2009年9月、 pp. 152-153、2009年9月18日閲覧。
  59. ^ 明石家さんま 同局系列の不仲を暴露「TBSと毎日放送は特にひどい」 ライブドアニュース 2016年8月1日、同16日閲覧。
  60. ^ 『テレビ史ハンドブック 改訂増補版』自由国民社、1998年 p.70
  61. ^ 名誉棄損めぐり毎日放送の賠償確定 MSN産経ニュース
  62. ^ 「宮里藍首位!」はうそー民放スポーツ中継の自殺行為 - YAHOO!ニュース2006年12月12日19:28配信
  63. ^ 番組リハで脳障害に…毎日放送と吉本子会社提訴 読売新聞 2011年6月1日
  64. ^ 熱中症:元NSC生徒の請求棄却 大阪地裁 毎日新聞 2015年4月18日
  65. ^ MBS:バラエティー番組収録中、小3男児が骨折
  66. ^ 「お嬢様の部屋」はウソ?毎日放送にやらせ疑惑 読売新聞 2011年1月27日
  67. ^ MBS謝罪 「せやねん!」が読売テレビの取材内容を無断引用(「産経ニュースwest」2013年12月26日付記事)
  68. ^ 当番組における他社放送内容の無断引用について|おしらせ|せやねん!
  69. ^ お詫び | MBS
  70. ^ 毎日放送 容疑者の写真取り違え 神戸5人殺傷事件で 毎日新聞 2017年7月18日
  71. ^ 毎日放送 基地反対運動巡り、社長が謝罪 司会者の不適切発言 毎日新聞 2018年1月19日





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