日本経済新聞
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論調
2009年の新聞通信調査会の調査で、「最も保守的=10点、最も革新的=0点」という分布の中で5.2点であった。全国紙の中で最も保守的であるとされた読売新聞は5.6点、次点が産経新聞の5.3点、毎日新聞は5.0点、最も革新的な朝日新聞は4.4点である[17]。
世論調査
日本経済新聞社はテレビ東京と定期的に共同で世論調査している。
2013年から「日本経済新聞電子版(Web刊)」の有料・無料アカウント登録者が投票出来るクイックVoteでアンケート調査も独自に行っている。 [18] 2017年6月初頭にクイックVoteによる内閣支持率がテレビ東京との共同調査結果より約30%も低くなった。それに対して、日本経済新聞はクイックVoteは政府に不満を持つ多くの方がわざわざ訪れたことで回答者に偏りがあり、全国の有権者の縮図といえるデータ標本調査とは異なる低支持率になったと批評している[19]。
沿革
日本経済新聞社に関する沿革は同項目を参照
- 1876年12月2日:三井物産の発行する「中外物価新報」として創刊。週刊。
- 1885年7月:日刊化(日曜日・祝日の翌日は休刊)。
- 1889年1月:「中外商業新報」に改題[20]。
- 1905年:一旦解散後、野崎廣太の個人事業として再開。
- 1909年:「中外商業新報社」を商号とする[20]。
- 1911年:資本金10万円で日本の新聞社としては初の株式会社となる[20][21]。資本も三井物産から同社の親会社である三井合名に移管[22]。
- 1920年1月:ニューヨークに特派員事務所を設置。
- 1924年10月:夕刊を創刊[20]。
- 1924年12月:夕刊紙「大阪中外商業新報」を創刊。畿内に進出[21][22]。
- 1940年:この頃に三井合名から離脱。自主経営となる[22]。
- 1942年11月1日:新聞事業令に伴い、「日刊工業新聞」と「経済時事新報」紙などの経済各紙と統合[21][23]。その際に合併の条件として「新産業経済新聞社を作る」という政府当局からの改題命令に従い、題号を「日本産業経済」に改題[20][23][注 1]。同時に「大阪中外商業新報」を廃刊[21]。
- 1946年3月1日:終戦に伴い、社内から政府から強制的に命名された題号を変えようという意見が起こり、題号を前述の統合時にも考案されていた現在の「日本経済新聞」に再改題。題字は書家の上田桑鳩が手掛けた[23]。同年3月13日、社名も「日本経済新聞社」に変更した。
- 1947年:小汀利得(おばまとしえ)社長の提唱により、「中正公平、我が国民生活の基礎たる経済の平和的民主的発展を期す」との社是が定められた。
- 1961年:大阪本社を設立し、19年ぶりに関西に再進出。同時に東京との両本社制を実施[20]。
- 1966年12月:創刊90周年。
- 1964年:本社を東京都中央区茅場町から千代田区大手町へ移転する。
- 1968年1月:朝刊発行部数が100万部突破(ABC発行部数)
- 1969年:4月に米出版大手マグロウヒルと共同で日経マグロウヒル(現・日経BP)を設立。11月には、東京12チャンネル(現・テレビ東京)の経営に参加し、マルチメディア化を推進。
- 1967年:社長室直轄の「電子計算機部」を新設。
- 1972年:コンピュータを利用した新聞製作システム「ANNECS」(Automated Nikkei Newspaper Editing & Composing System) を完成。開発パートナーとなった米国の開発会社首脳が「我が社が手がけた米航空宇宙局のアポロ計画にも匹敵する難事業」と語るほど開発は困難を極めたが、完成した新システムは新聞製作のコスト低減・迅速化に大きく貢献。日経電子版誕生へとつながるデジタル化の歴史が始まる。
- 1973年4月:朝刊発行部数が150万部突破(ABC発行部数)
- 1975年:現在の日経平均株価の前身である日経ダウ平均の算出をはじめる。
- 1976年12月:創刊100周年。
- 1983年10月:朝刊発行部数が200万部突破(ABC発行部数)
- 1987年4月:朝刊発行部数が250万部突破(ABC発行部数)
- 1991年4月:朝刊発行部数が300万部突破(ABC発行部数)
- 1996年12月:創刊120周年。
- 2007年1月1日:創業130周年記念を機に、英称を「Nihon Keizai Shimbun」から「Nikkei」に改称。
- 2010年3月23日:電子版創刊。
- 2010年:認定持株会社テレビ東京ホールディングス設立。傘下にテレビ東京、BSジャパン、テレビ東京ブロードバンド「日本経済新聞 電子版の創刊」が日本新聞協会賞受賞。
- 2011年:日経大阪製作センターと日経西部製作センター統合、新会社は日経西日本製作センター。TBSホールディングスと業務提携。週刊英字経済誌「Nikkei Asian Review」創刊。
- 2011年:朝刊発行部数が300万部を下回る(ABC発行部数)
- 2012年:中国語サイト「日経中文網」スタート。グローバル事業局、コンテンツ事業室を新設。人材・教育事業本部に改組。
- 2013年:ウィルソン・ラーニング ワールドワイドと資本・業務提携。英フィナンシャル・タイムズ (FT) と協力拡大。電子書籍販売サイト「日経ストア」オープン。新英文媒体「Nikkei Asian Review」創刊。
- 2014年:日本経済社と日経広告が合併。新株価指数「JPX日経400」算出を開始。バンコクにアジア編集総局開設。シンガポールに事業統括会社「日経グループアジア本社」設立。新編集システム「NEO」が新聞協会賞受賞。
- 2015年7月23日:英経済紙フィナンシャル・タイムズを約1600億円で買収。FTの日本語翻訳版を配信し始める。Nikkei Asian Reviewがアジア出版者協会賞、IEビジネススクールによる「アジアにおける経済ジャーナリズム賞」最優秀メディア賞受賞。日本経済新聞デジタルメディアを吸収合併。
- 2016年:東京五輪・パラリンピック競技大会の「オフィシャルパートナー」契約。アジアの有力企業約300社を対象にした「日経アジア300指数」の算出を開始。
- 2017年3月4日:この日から土曜日付と日曜日付の1面レイアウトをリニューアル、土日のみ(土曜日は夕刊も)、題字が横組み(字模様はなし)に変更される。日曜日に本編中盤に16ページの折り込み型日曜版として「NIKKEI The Style」[24] の連載を開始する。日曜版は、他のページよりもカラー写真やグラフィックを重視するため、他のページから抜き取りしやすいように高級白色紙を用いている。
- 2017年:朝刊発行部数が250万部下回る(ABC発行部数)
- 2017年11月1日:配送・制作コストの増加を理由に、朝夕刊セット版を4509円(以下税込)から4900円、全日版を3670円から4000円、朝刊の1部売りを160円から180円に引き上げる。23年ぶりの値上げ。[25]
- 2019年9月4日:2019年度の新聞協会賞の編集部門の企画分野で、日本経済新聞社の「連載企画『データの世紀』とネット社会に関する一連の調査報道」(データエコノミー取材班、代表者は阿部哲也・企業報道部次長)が受賞。経営・業務部門で「日本経済新聞 新聞広告IoT宣言」(代表者は村山亘・広告IoT化推進室長)が受賞した。
- 2020年4月1日:琉球新報社・沖縄タイムス社と「沖縄新聞データベースplus日経テレコン」設立し3社のデータベースを統合する
- 2020年12月:朝刊発行部数が200万部下回る(ABC発行部数)
地方版
- 紙面は[26]テレビ面と地域経済面を除いて、東京本社発行の紙面を使用している。社会面と天気欄は各本支社別に差し替えている。
- 地域経済面は、一般紙の地方版とは違い、その地域の経済・産業情報に特化している。番組表とも、他の全国紙よりかなり広いエリアを単位としており、ページ数も1ページ程度と少ない。2013年7月現在、地域経済面は北海道・東北・新潟・長野・北関東・首都圏・静岡・中部・北陸・近畿・中国・四国・九州となっており、首都圏は千葉版・東京版・埼玉版・神奈川版、近畿はA版・B版・京滋版・兵庫版、中国は広島版、九州は沖縄九州版がそれぞれバリエーションとして用意されている。それぞれベースとなる地域経済面の一部を、より細分化された地域経済情報に差し替えている。地域経済面は日・月曜日および国民の祝日の翌日は掲載されない。日経電子版の有料会員は全地域の地域経済面を読むことが可能。
注釈
- ^ 西日本の経済紙は「日本工業新聞」を中心に統合、「産業経済新聞」(終戦後の1958年1月に産経新聞から分離する形で日本工業新聞を再創刊。2004年3月に「フジサンケイ ビジネスアイ」に改題)に改題した。
- ^ 他に読売新聞東京本社首都圏版と茨城県の地元新聞・茨城新聞にもNHK水戸の差し替え番組表が収録されている。
- ^ このような例は同日から、朝日新聞、日刊スポーツ、産経新聞東京本社、聖教新聞、読売新聞東京本社の何れも東京版でも、産経新聞東京本社と聖教新聞と読売新聞東京本社は2011年7月24日から、行われている。
- ^ 静岡4局のアナログチャンネル番号は静岡本局と浜松中継局を併記。
- ^ 青森県にある関連会社が印刷を受託。元は岩手日日の関連会社だった。
- ^ 日本経済新聞社が印刷を委託する京都市の印刷会社「トーシプリンティングサービス」と提携し、京都府および滋賀県向けの新聞を委託印刷。
- ^ 県外の宮城県にある関連会社が印刷を受託。
- ^ 2015年5月より、習志野市にある日経の工場で、千葉日報からの印刷受託を行っている。
- ^ 2010年10月からは読売新聞、2011年5月からは朝日新聞の印刷も受け持っている。
- ^ 遼紙・デイリースポーツ(2010年3月に神戸新聞社に一度統合されたのち、2012年12月に編集部門を中四国デイリースポーツ社と事業統合の上再分社)の提供写真がスポーツ面に掲載されることもある。また関東・関西では日経の販売店(一部朝日・毎日、並びに関東では読売、関西では産経との抱き合わせになる宅配所あり)で宅配が行われている。
出典
- ^ “22年3月ABC部数”. 新聞情報. (2020年9月16日)
- ^ 東京三菱銀行から三菱UFJ銀行へ
- ^ 2013年7月13日付までは統合前の大阪証券取引所、2022年4月2日付までは新興企業向けのJASDAQ、東証マザーズ、旧ニッポン・ニュー・マーケット・ヘラクレスなども全銘柄収録した。
- ^ 廃止・統合前は新潟、京都、広島も全銘柄。
- ^ 北海道版でテレビ北海道の番組欄がNHKの次に掲載されていたのがその一例。現在の状況は「テレビ面」の項参照)。TXN九州(現TVQ九州放送
- ^ 日経ではこれを「創刊」と見なしている 「日本経済新聞電子版」(Web刊)創刊のお知らせ (PDF) - 日本経済新聞社・2010年2月24日付リリース文書[リンク切れ]
- ^ 意外と「緩い」仕組みで始まった日経電子版の狙いとは - 『ASCII.jp』(アスキー・メディアワークス)2010年3月1日付け掲載記事。全4頁構成となっており、3頁目に支払手段に関する記載有り
- ^ サイトリニューアル当初は「月20本まで」閲覧可能であったが、2013年3月以降は「月10本まで」に変更されている
- ^ 春のサービス強化のお知らせ 日本経済新聞 電子版 2013年2月20日付け掲載
- ^ “日経電子版と「Paravi」のセット販売を開始 (PDF)”. 株式会社日本経済新聞社・株式会社プレミアム・プラットフォーム・ジャパン(2019年7月10日作成). 2019年7月10日閲覧。
- ^ ネットで配信する「日本経済新聞 電子版」、3月に創刊 - 『PC Online』(日経BP)2010年2月24日付け掲載記事
- ^ 完全自動決算サマリー by NIKKEI(日本経済新聞)
- ^ 日経電子版、有料会員50万人に 20代読者がけん引(日本経済新聞 2017年1月7日)
- ^ “日経からのお知らせ:日本経済新聞”. www.nikkei.com. 2021年8月15日閲覧。
- ^ 博史, 宮永. “有料会員600万人 デジタルシフトに成功したNYタイムズと、凋落する日本の新聞社の“違い””. 文春オンライン. 2021年8月15日閲覧。
- ^ 日本経済新聞社. “日本経済新聞メディアデータ2010-2011”. NIKKEI AD Web. 日本経済新聞社. pp. 11-12ページ. 2009年10月時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月26日閲覧。
- ^ 第2回メディアに関する全国世論調査(2009年(平成21年)) (PDF) 公益財団法人新聞通信調査会
- ^ 子どものスマホ、いつから解禁しますか(クイックVote):日本経済新聞
- ^ 加計学園問題、政府の説明「納得できない」8割:日本経済新聞
- ^ a b c d e f “挑戦の歴史”. 日本経済新聞社. 2019年11月29日閲覧。
- ^ a b c d “中外商業新報”. コトバンク(朝日新聞社). 2019年11月29日閲覧。
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- ^ NIKKEI The Style
- ^ “日経新聞が23年ぶり値上げ 朝夕刊セット4900円に” (日本語). ITmedia ビジネスオンライン. 2021年7月22日閲覧。
- ^ 朝・夕刊は中面に、夕刊は2006年1月14日まで最終面に掲載する
- ^ 一部ケーブルテレビも
- ^ a b 「マスコミ集中砲火と内部告発で読者の信用ガタ落ちの日経新聞」『広報IRインテリジェンス』2003年5月
- ^ a b c d 「スキャンダル社長にインサイダー社員 どこまで堕ちる日経新聞の社会的評価」『広報IRインテリジェンス』2006年10月
- ^ 佐高信『日本に異議あり』講談社(講談社文庫)、1995年、166-167頁。ISBN 4-06-263123-7。
- ^ 官製談合報道で名誉毀損、日経新聞に賠償命令 読売新聞 2012年6月15日
- ^ 提出メモに検察幹部の実名 訴訟で揺らいだ日経「取材源の秘匿」
- ^ 美人トレーダー若林史江 日経記事"盗用"と"手打ち"の内情 サイゾー 2008年12月号
- ^ 赤っ恥!!日経、読売大誤報
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- ^ “大調査!日経「名物連載」のしくみ”. プレジデントオンライン (2012年5月14日). 2021年10月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月25日閲覧。 “大機小機 / 匿名執筆陣による辛口の大胆意見に社長も驚く / ●連載開始/1920年 ●掲載日/火曜~金曜 ●掲載場所/マーケット総合2 / 連載開始は大正9年。約50人の匿名筆者は主に社外の人間で、その実名を知る社員はごく少数。新聞らしからぬ辛口で大胆な問題提起もみられ、喜多恒雄社長も「ギョッとすることもある」という。データ偏重の紙面を彩る名物コラム。”
- ^ “據報警拘黎智英當日 曾到《日經》香港辦公室”. 星島日報. (2020年8月28日)
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