戦争論 概説

戦争論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/12 00:54 UTC 版)

概説

戦争論は戦争という現象の理論的な体系化に挑戦した著書であり、近代における戦争の本質を鋭く突いた古典的名著として評価されている。著者のクラウゼヴィッツはドイツ観念論的な思考形態に影響を受けていたために非常に分析的かつ理論的な研究であり、そのため非常に普遍性の高い研究となっている。

『戦争論』における画期は、それまで「戦争というものがある」「戦争にはいかにして勝利すべきか」という問題から始まっていた軍事学において「戦争とはなにか」という点から理論を展開したという部分にあると言える。また、攻撃や防御といった概念について、体系的かつ弁証法的に記述してあるという点にも注目できる。クラウゼヴィッツの弁証法的思考形態は、ヘーゲルの著作を通して得たものではなく、19世紀初頭における同時代的な思想形態の変遷の中ではぐくまれていったものである。

戦争についての記述はこの著作の最も注目すべき箇所であり、定義・本質・性質・現象など戦争に関する幅広い事項が議論されている。「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」という記述はこの著作の戦争観を端的に表したものの一つである。クラウゼヴィッツにとって戦争とは政治的行為の連続体であり、この政治との関係によって戦争はその大きさや激しさが左右される。

この研究は国民国家が成立する近代において、戦争の形態がそれまでの戦争とは異なる総力戦の形態への移行期に進められたものである。そのため本書の叙述では、同時代的な軍事問題についての叙述を多く含むものでもある。近年の研究において重要視されるのは戦争の本質や政治との関係を論じた第一編「戦争の本性について」とより明確に戦争と政治との関係を取り上げた第八編「戦争計画」であり、戦争の本質についての分析は現在でも高く評価されている。

同時代の研究としてジョミニの『戦争概論』があるが、これは普遍的な戦争の勝利法があると論じたものであり、戦争論とはその内容が大きく異なる。ジョミニの研究は実践的であり、後の軍事学に多岐に渡る影響を及ぼしたと評価されているが、一方でクラウゼヴィッツの研究は哲学的であったことからより分析的な軍事学に寄与し、政治研究にも影響を及ぼした。また『孫子』と対比されることがあるが、抽象性・観念論的な概念的な理解を中心とするクラウゼヴィッツの手法は、現在の政治学・安全保障・軍事・戦争研究においても幅広くその価値を認められる原因であり、その点が孫子とは大きく異なる。[誰によって?]


  1. ^ 刊行後150年にして、日本では初版が防衛大学校三階の未整理資料から第4巻が欠落した状態で発見された。
  2. ^ たとえば文民統制に関するもの。初版で「戦争が政治の意図に完全に照応し、政治のための手段として完全に適合すべきであるとしたら、ひとりの人間が政治家と軍人を兼ねるのでないかぎり、最高の将師を内閣の成員とするという良い手段しか残されていない。このことによって内閣が将師の行動の重要な瞬間に参加するためである」と書かれた部分では、「このことによって将師が最も重要な瞬間に内閣の審議と決定に参加するためである」と改ざんされている。
  3. ^ 両極性の法則についてクラウゼヴィッツは例を挙げて説明している。まず青軍と赤軍が戦場において対峙していると想定し、青軍は戦闘力から比較して劣勢である。つまり赤軍は攻撃を行えば青軍を撃破するという利益が得られることは現状において自明である。もしも戦場に単一の両極性があるだけならば赤軍は直ちに青軍に対する攻撃を開始すると考えられる。しかし現実ではそうではなく、優劣が明らかになっている戦況でも軍事行動はしばしば停止される。クラウゼヴィッツはこの事象を攻撃と防御の概念を導入して次のように考える。戦闘行動には攻撃と防御があり、防御は攻撃よりも強力な戦闘法であると言える。つまり交戦する両軍は攻撃によって得られる利益とは別の防御の利益も求めようとする。劣勢な青軍に対して優勢な赤軍が攻撃を実施するためには戦闘行動の基本的な二択、つまり防御の利益と攻撃の利益を比較して攻撃の利益が防御の利益に勝ると赤軍が確信しなければならない。この攻撃と防御の性質の相違が戦場における二種類の両極性の法則に現れている。
  4. ^ クラウゼヴィッツは戦略的成功の条件として、兵力、地形の優位性、奇襲、多面的攻撃、陣地の構築、人民の協力、精神力の利用を列挙している。防御においてはこの中でも特に地形の優位性が利用できることを強調している。つまり陣地や要塞の活用などは戦場において防者にのみ優位をもたらすものという議論である。ここでクラウゼヴィッツが想定している防御とは理論上において攻撃と比較される防御であり、あらゆる個別的状況において一般化できるものではない。
  5. ^ a b 『孫子とクラウゼヴィッツ』著:マイケル・I・ハンデル p27
  6. ^ ダイヤモンドオンライン| 3分でわかる! クラウゼヴィッツ『戦争論』 2023年6月14日2:35公開
  7. ^ a b 『防衛大学校で、防衛と安全保障をどう学んだか』著:杉井淳と星野了俊 p48
  8. ^ 『孫子とクラウゼヴィッツ』著:マイケル・I・ハンデル p29
  9. ^ 『孫子とクラウゼヴィッツ』著:マイケル・I・ハンデル p30
  10. ^ 原書は戦後に東ドイツで初版に依拠して出版された






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