広島県 概要

広島県

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/27 05:58 UTC 版)

概要

臨海部(瀬戸内海工業地域)を中心に工業自動車産業、製鉄、造船)が発展。広島都市圏福山都市圏と県内に二つの大きな都市圏を持つ。県庁所在地広島市政令指定都市であり中国・四国地方最大の都市である。一方で海・山の豊富な自然にも恵まれ、農業漁業も盛んである。このことから産業分布が日本平均に近く、県民所得も中位にあり「日本国の縮図」とも呼ばれることがある。

旧国制に倣い、大まかに広島市を中心とする県西部を「安芸」、県東部で岡山県と隣接している福山市を中心とする県東部を「備後」と呼び、現在でも方言・文化の点で一部違いを見せる(方言については広島弁備後弁を参照のこと)。ただし、近年の広島県の施策では有する都市機能と生活圏などから広島圏域(県西部)、備後圏域(県東部)、備北圏域(県北部)の3つに分ける場合も多い。

第二次世界大戦において世界で初めて核兵器による攻撃を受けた広島市を抱えることから、国際的に知名度が高い。また安芸の宮島原爆ドームの2つのユネスコ世界遺産を有しており[2]、日本国外からの観光客も多い。

地理・地域

地形

瀬戸内海沿岸部に向かって、中国山地と平行に高地から低地へ階段状の地形を形成している点が特徴で、基本的には北(島根・鳥取県側)へ行くほど海抜が高くなる。また、開けた平野部は河川流域と河口付近のみに限られ[3]、海抜そのものは高くないものの山が多数連なる地勢でもある。これは沿岸部でも同様で、海岸のすぐそばまで山が迫っている場所も珍しくない。花崗岩類と花崗岩風化産物であるマサ(真砂)が広域に分布し、表土の下に広がるマサ土の層は最大数十mの厚さに達する[3]。しかし、そのためか土石流の危険渓流、急傾斜地崩壊の危険箇所も多く指定箇所数は全国一位となっている[3]

  • 河川

広島県内には太田川水系と江の川水系の2大水系の他、瀬戸内沿岸部に東から高梁川芦田川沼田川黒瀬川八幡川小瀬川などがある。太田川流域はほぼ県西部(安芸)に相当し、江の川流域は県北東部(備北)である。県東部(備後)は芦田川、沼田川水系などとなっている。

  • 山野

広島市や福山市など埋め立てによる平野部があるが、山がちの地形であり、内陸部に三次盆地西条盆地などがある。東部には世羅高原神石高原が広がっている。

  • 島嶼部

瀬戸内海には無人島も併せて大小問わず約140のを有す。

  • 島嶼部を含め山がちの地形のため、2005年現在の棚田の数では日本で群を抜いた1位である[4]
  • 隣接都道府県: 陸上では東から岡山県 - 鳥取県 - 島根県 - 山口県、海上で愛媛県 - 香川県と接している(但し鳶小島、瓢箪島(ひょうたん島)が愛媛県との県境を跨いでいる)。

広袤(こうぼう)

節内の全座標を示した地図 - OSM
節内の全座標を出力 - KML

国土地理院地理情報 によると広島県の東西南北それぞれの端は以下の位置で、東西の長さは131.62km、南北の長さは118.79kmである。また、国土地理院の全国都道府県市区町村別面積調によると、広島県の面積は8479.63平方キロメートルである[5]

北端
北緯35度6分20秒 東経132度53分18秒 / 北緯35.10556度 東経132.88833度 / 35.10556; 132.88833 (広島県最北端)
重心
北緯34度36分2秒 東経132度47分6秒 / 北緯34.60056度 東経132.78500度 / 34.60056; 132.78500 (広島県重心)
西端
北緯34度30分5秒 東経132度2分11秒 / 北緯34.50139度 東経132.03639度 / 34.50139; 132.03639 (広島県最西端)
中心点
北緯34度34分12.5秒 東経132度45分13秒 / 北緯34.570139度 東経132.75361度 / 34.570139; 132.75361 (広島県中心点)
東端
北緯34度18分54秒 東経133度28分15秒 / 北緯34.31500度 東経133.47083度 / 34.31500; 133.47083 (広島県最東端)

南端
北緯34度2分5秒 東経132度29分7秒 / 北緯34.03472度 東経132.48528度 / 34.03472; 132.48528 (広島県最南端)

気候

北部は日本海側気候、それ以外の地域は瀬戸内海式気候に分類される。

沿岸部では冬でも晴天日数が多いが北部の一部は豪雪地帯となっている。

北部は緯度の割には冬は低温であり、山間部を中心に降雪量も多い。特に中国山地の山沿いは、北広島町の東八幡原(標高774m)で観測された−28.0°C(1977年(昭和52年)2月19日)を筆頭に、庄原市の高野地区の−26.0°C(1977年(昭和52年)2月19日)など−20°C以下[6]まで下がることもあるほどの厳寒地である。北広島町八幡の592cm、庄原市高野の582cmなど日本海側との脊梁部には降雪量が3mから6m近くに達する豪雪地帯が広がっている。庄原市や三次市などの市街地でも80cm〜120cm程度の降雪量がある。

広島県内各地の平年値(統計期間:1981年 - 2010年、出典:気象庁・気象統計情報
平年値
(月単位)
南部(瀬戸内海島嶼部) 南部(瀬戸内海沿岸部) 中部(瀬戸内海側内陸部)
呉市
呉市蒲刈
呉市豊町
久比
尾道市
生口島
広島 竹原 福山 大竹 府中
世羅
平均
気温
(°C)
最暖月 26.6
(8月)
27.2
(8月)
28.2
(8月)
27.6
(8月)
26.3
(8月)
27.6
(8月)
27.6
(8月)
26.7
(8月)
25.0
(8月)
最寒月 4.0
(1月,2月)
5.3
(1月)
5.2
(1月)
5.8
(1月)
5.0
(1月)
3.5
(1月)
4.0
(1月)
3.4
(1月)
1.3
(1月)
降水量
(mm)
最多月 233.7
(6月)
167.6
(6月)
258.6
(7月)
227.7
(7月)
193.3
(6月)
176.7
(7月)
271.4
(7月)
195.3
(7月)
208.3
(7月)
最少月 32.8
(12月)
33.8
(12月)
41.2
(12月)
35.6
(12月)
33.0
(12月)
31.0
(12月)
41.8
(12月)
36.6
(12月)
43.6
(1月)
平年値
(月単位)
中部(瀬戸内海側内陸部) 北部(中国山地・吉備高原)
三原市
本郷
東広島 安佐北区
三入
廿日市
廿日市津田
神石高原
油木
庄原 三次 庄原市
高野
北広島
大朝
安芸太田
加計
平均
気温
(°C)
最暖月 25.6
(8月)
26.9
(8月)
24.6
(8月)
23.2
(8月)
24.6
(8月)
25.6
(8月)
22.8
(8月)
23.7
(8月)
25.2
(8月)
最寒月 2.1
(1月)
3.5
(1月)
1.2
(1月)
0.0
(1月)
0.8
(1月)
1.7
(1月)
−0.8
(1月)
0.4
(1月)
1.8
(1月)
降水量
(mm)
最多月 236.8
(7月)
291.4
(7月)
317.6
(7月)
230.9
(7月)
249.1
(7月)
259.0
(7月)
303.4
(7月)
285.6
(7月)
303.0
(7月)
最少月 41.4
(12月)
56.7
(12月)
54.5
(12月)
42.9
(1月)
64.3
(1月)
65.2
(1月)
112.3
(11月)
95.3
(11月)
86.7
(11月)
  • 呉市豊町久比については、1971年から2000年までの平年値(2009年2月24日で観測を終了したため)。
  • 呉市呉市蒲刈については、2009年2月25日より観測開始のため、平年値なし。
  • 三原市本郷については、2003年1月1日より観測開始のため、平年値なし。

自然公園

国立公園
瀬戸内海国立公園
国定公園
比婆道後帝釈国定公園西中国山地国定公園
県立自然公園
南原峡県立自然公園、山野峡県立自然公園、三倉岳県立自然公園、竹林寺用倉山県立自然公園、仏通寺御調八幡宮県立自然公園、神之瀬峡県立自然公園

自治体

県下には14市5郡9町が存在する。村は2004年11月5日に消滅した。

かつては県庁によって1つの大都市周辺地域および7つの広域市町村圏の計8つの広域行政圏に区分されていた。ただし、この広域行政圏は実際の都市圏の枠組みとは異なっていた。県内には広島市を中心とする広島都市圏、福山市を中心とする備後都市圏が存在し、それぞれ広域行政圏や県境を越えて広がっている。なお、広域行政圏政策そのものは、2009年(平成21年)3月末に廃止された[7]

以下、かつての広域行政圏ごとに市町村を記載し、人口を付記する(2015年(平成27年)国勢調査人口)。

広島 1,310,256人
広島西 142,771人
呉 252,891人
芸北 54,878人
広島中央 227,325人
尾三 251,157人
福山・府中 514,097人
備北 90,615人

越県合併の模索

岡山県笠岡市(旧茂平村)

1963年(昭和38年)岡山県笠岡市に編入されていた城見村の旧茂平村(1889年(明治22年)他2村と共に城見村設立)が岡山県笠岡市より分離、福山市への編入を模索していた[8]

旧茂平村地区は旧来より地理的(地区が隣接し境界に河川などの天然障壁がない)、社会的(多くの住民の親戚等が福山市に居住および福山市出身の住民が多い)に福山市との結び付きが強い地域であった。1963年(昭和38年)岡山県の日生町福浦が強い住民運動により兵庫県赤穂市に合併されたことに刺激を受けた住民が大規模な合併運動を開始(以前より幾度か合併案はあった)。当時広島県議会議員中川弘(のち福山市長に就任)の賛同の下、福山市議会議員数人の賛同も得た。また、城見村内で旧茂平村地区と同じ境遇の旧用之江村地区も福山市との合併に賛同し共同で運動を始めた。その後、旧茂平村地区は旧用之江村地区と共同で福山市に合併嘆願書を提出した。

福山市に合併嘆願書が提出されると、岡山県議会、笠岡市議会からの反対運動が起こった。また翌年(1964年(昭和39年))岡山県の知事に地元出身の加藤武徳が就任すると、知事も合併運動に反対し騒動は終結した。

愛媛県(越智郡上島諸島)

平成の大合併の際、愛媛県越智郡上島諸島弓削町生名村岩城村魚島村が愛媛県より分離し、広島県因島市との合併を模索していた。

  • 愛媛県越智郡の上島諸島は、古来より因島市を中心とした文化圏に含まれている。
  • 各島を結ぶ航路も因島を中心に運行されている。
  • 因島市の日立造船因島工場を中心として多くの島民が因島市に勤務している。

などの理由により、4町村が広島県の因島市との越県合併を検討。4島のうち最も広島県に近い生名村は昭和30年代にも広島県への併合を模索したことがあった[9]。しかし島だけではなく、大きな漁域を失うことを恐れた越智郡や今治市の漁師が大規模な海上デモ活動を行った。また愛媛県、越智郡も反対し決行されなかった経緯がある[9]。生名村は、因島までの距離が300mと近い。また、村営の渡船が1日50往復近く運行されており、因島市のベッドタウン的な立場であった。

2000年(平成12年)5月5市町村の間で連携交流協議会を設置するも、両県市町村間での調整が難航した。結局、愛媛県側4町村で上島町を設立、合併案は事実上凍結された。

なお現在まで上島町は橋やフェリーなどで愛媛県に接続されておらず、車両で四国に上陸するためには一旦広島県側を経由しなければならない状態になっている[注釈 3]

土砂災害危険箇所

国土交通省の平成10年および平成14年の報告では、広島県にはがけ崩れ土石流による土砂災害危険箇所が31,987箇所あり、これは都道府県の中で最多である。2位以下は、島根県(22,296)、山口県(22,248)、兵庫県(20,748)、大分県(19,640)、和歌山県(18,487)、高知県(18,112)、愛知県(17,783)となっている。危険箇所の少ない地域は、沖縄県(1,032)、山形県(3,771)、東京都(3,786)、青森県(4,005)などで全国に525,307箇所ある[10]。上位3県が広島、島根、山口と中国地方西部となっておりこれは山がちな地形であるため住宅地が山の裾野まで迫り、さらには山腹まで宅地開発されていることと、花崗岩が風化したまさ土による地質の脆弱さによるものである[11]

歴史

県名の由来

県名は県庁所在地である広島市に由来する。その広島の由来は、1589年(天正17年)からの毛利輝元による広島城築城の際に、1591年(天正19年)命名されたものである。大江広元(毛利氏の祖)以来、毛利氏は「元」の通字以外、「広」も諱に使用する字の一つとしていた。毛利元就の時代には、完全に臣従したもの(吉川元春、天野元貞、出羽元祐など)には、「元」を一字書出として与えたが、そうでない国人衆(平賀広相、阿曽沼広秀など)には、明白に傘下に組み入れられたと示す「元」の字を避け、「広」の字を与えたとされる。この慣習は毛利輝元にも引き継がれ(吉川広家山内広通益田広兼など)、毛利氏(特に輝元)の与える「広」は重要な意味合いを持った。従って「広島」は、この「広」とこの地の豪族であり、普請奉行であった福島元長の「島」を併せたとする説が有力である。また他に、デルタのため「広い島」からきたという説もある。

原始・古代

旧石器時代から人々が居住していたと考えられ、広島大学東広島市)には約2万7千年前に遡る西ガガラ遺跡がある[注釈 4]倉橋島呉市倉橋町)の鹿島沖からナウマンゾウの化石などが引き上げられている。

甲立古墳や石槌山古墳群などの古墳もあり、飛鳥時代後期には備後国寺町廃寺(三次市)などの寺院が建立された。

司馬遼太郎は、著書の中で広島県は瀬戸内海文化圏と考えられているが、その自然地理面積は実に狭く、市街を出て太田川とその上流の根之谷川を20㎞も北上すれば、もう川が日本海に向かって流れるのはただ事ではない。広島県の古墳の分布では、瀬戸内海側は非常に少なく、県北の三次を中心に河川が日本海へ流れる地方に古墳がむやみに密集している。それらの地方の古社もほとんどが出雲系の神々で、飛躍を恐れずにいえば、古代の広島県は瀬戸内海文化よりも日本海文化に属していたのではないかと指摘した[12]

中世

謀神と称される戦国時代最高の「知将」であり、中国地方の覇者毛利元就

近世

江戸時代の藩については備後国の福山藩、安芸国の広島藩広島新田藩。また備後の家老浅野家の広島藩の支城三原城が置かれた。

近・現代

明治・大正

昭和

1950年代後半頃より、社会福祉資産の充実
戦後復興の対象が生活や産業基盤などの基礎インフラの再建・整備から文化・体育関連へと移っていった。

平成

令和

  • 2020年(令和2年)、広島大学が、衛星画像データなどを使って、土石流で崩壊した土砂の量を、短い時間で推計する方法を開発した。これにより、広島県は、「復旧や災害に迅速な対応が可能になる」という[19]

注釈

  1. ^ 香川県とは海上で隣接、愛媛県とは瀬戸内海瓢箪島内に陸上の県境を有する
  2. ^ なおスポーツ関係に用途が限定されるが、1994年に県スポーツ賛歌(体育歌)として「虹の輝き」が制作されている。
  3. ^ 快速船は愛媛県今治市への寄港がある。
  4. ^ 住居跡5棟が確認されている。それは径4m未満で柱10本程度の簡単な住居である。炉跡や熱を受けた礫群が残っていることから、火を使う調理を行っていたことが分かる。
  5. ^ 但し、広島電鉄宮島線は鉄道事業法が適用される鉄道路線である。
  6. ^ 但し、秋田新幹線(「こまち」)は盛岡駅から秋田駅までの間は在来線(田沢湖線奥羽本線)を走行するため、営業上は在来線特急の扱いとなっている。
  7. ^ 但し、JR車両による特急「日光」「きぬがわ」は存在する(JR新宿駅から乗り入れるものの栃木県内は東武鉄道の線路のみを走行)。
  8. ^ 2020年半ば頃までは、土日を中心に臨時特急として「まほろば」(新大阪駅奈良駅間)が運行されていたが、2021年以降の運行は未定となっている。
  9. ^ このうち、可部 - あき亀山(旧河戸駅の300m先)間が電化された上で2017年3月4日に復活。

出典

  1. ^ 【あなたの声 聞かせてください】 NHK広島放送局 (NHK広島 2013年2月1日) Archived 2013年10月19日, at the Wayback Machine.[リンク切れ]
  2. ^ 2つの世界遺産”. 広島県観光連盟. 2020年8月23日閲覧。
  3. ^ a b c 広島県の地形・地盤 ジオテック 2020年8月23日閲覧
  4. ^ 2005年農林業センサス 第7巻 農山村地域調査及び農村集落調査報告書 地域資源の保全 - 農地(農地、棚田、谷地田) (Microsoft Excelの.xls) 農林水産省. 2017年1月5日閲覧.
  5. ^ 全国都道府県市区町村別面積調 国土地理院 2013年11月28日閲覧
  6. ^ 観測所気象年報(77年)、広島県気象月報(77年2月)
  7. ^ 広域行政圏施策の見直しに係る通知 (PDF) 総務省. 2017年1月5日閲覧.
  8. ^ 中野正雄、吉備鶴雄、佐々木幸人、伊香厚雄 (1963/12). “広島県備後臨海工業地帯を中心として”. 瀬戸内臨海工業の発展が農業経営におよぼす影響に関する研究(第2報) 10: 109. 
  9. ^ a b 『角川 日本地名大辞典 38愛媛県』角川書店、1981年10月8日。  p.860
  10. ^ 国土交通省・砂防情報室 「都道府県別土砂災害危険箇所」
  11. ^ 朝日新聞 「土砂災害の恐れ最多3県は中国地方 広島・島根・山口」
  12. ^ 司馬遼太郎『街道をゆく』21神戸・横浜散歩、芸備の道(朝日文庫、2009年1月30日)
  13. ^ 九州・四国。中国地方に豪雨禍(昭和18年9月21日 毎日新聞(大阪・夕刊))『昭和ニュース辞典第8巻 昭和17年/昭和20年』p225 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
  14. ^ 昭和のカラー映像
  15. ^ a b c d e f 「県のプロフィール・歴史」 広島県、2011年12月1日
  16. ^ 日本経済新聞 2014年8月27日 土砂災害防止法、改正へ作業部会 自民
  17. ^ 航空新聞 2018年7月12日 JAXA、「だいち2号」で豪雨被害の観測を実施
  18. ^ 朝日新聞 2019年6月15日 広島)県内の待機児童128人 4年ぶりに減少
  19. ^ 朝日新聞 2020年1月4日 広島)土砂量の推計、短時間で簡単に 広島大准教授開発
  20. ^ 広島県名誉県民 - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。
  21. ^ a b c d e f g h i j k l 広島県名誉県民受賞者 - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。
  22. ^ 県民栄誉賞受賞者 - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。
  23. ^ 山本 浩二(やまもと・こうじ) - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。
  24. ^ 衣笠 祥雄(きぬがさ・さちお) - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。
  25. ^ 岡本 綾子(おかもと・あやこ) - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。
  26. ^ 北別府 学(きたべっぷ・まなぶ) - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。
  27. ^ 森下 洋子(もりした・ようこ) - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。
  28. ^ 野村 謙二郎(のむら・けんじろう) - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。
  29. ^ 前田 智徳(まえだ・とものり) - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。
  30. ^ 黒田 博樹(くろだ・ひろき) - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。
  31. ^ 新井 貴浩(あらい・たかひろ) - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。
  32. ^ 金藤 理絵(かねとう・りえ) - 顕彰 - 広島県、2019年7月28日閲覧。






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