出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/25 04:59 UTC 版)
唐詩による原詩
原詩の特定について
『大地の歌』に使用された歌詞は、前述の通り原詩が特定されているものについては、全て盛唐の詩人の作品によるものである。原詩の特定はベートゲによる追創作や底本の誤訳によって容易ではなかったが、中国文学者の吉川幸次郎 やドイツ文学者の富士川英郎 、音楽学者の浜尾房子らの努力によって、7編のうち6編の原詩が確認されている。
第2楽章「秋に寂しき者」の問題
歌詞で唯一原詩が特定されていないのが「秋に寂しき者」である。
かつては銭起 の「效古秋夜長(古の秋夜長に效 ( なら ) う)」によるという説が一般的だったが、これは秋の夜の男女の相思の情を歌ったもので、「中国の笛」に収められている哲学的な詩の内容には程遠い。さらに、ベートゲが表記した作者名「Tschang-Ti」は漢字表記に直せばむしろ「張籍 」ないしは「張継 」であり、ベートゲは同じ「Tschang-Ti」の表記で張籍の「節婦吟」を忠実に訳して「中国の笛」に収めているので、このことからこの詩は張籍による可能性が高いと見られている。
しかし、遺された張籍の作品に該当するものが見当たらないことから、ベートゲによる追創作の可能性が指摘されている。
原詩の白文・書き下し文
悲歌行 (第1楽章「大地の哀愁に寄せる酒の歌」)
悲歌行 (前半部分、詩:李白 )
悲來乎
悲來乎
主人有酒且莫斟
聽我一曲悲來吟
悲來不吟還不笑
天下無人知我心
君有敷斗酒
我有三尺琴
琴鳴酒樂兩相得
一杯不啻千鈞金
悲來乎
悲來乎
天雖長地雖久
金玉滿堂應不守
富貴百年能幾何
死生一度人皆有
孤猨坐啼墳上月
且須一盡杯中酒
悲しいかな
悲しいかな
主人酒有るも且く斟むこと莫かれ
我に聽け一曲悲來の吟
悲來吟せずまた笑はず
天下に人我が心を知るもの無く
君に敷斗の酒有り
我に三尺の琴有り
琴鳴酒樂兩つながら相得たり
一杯啻 ( ただ ) に千鈞の金のみならず
悲しいかな
悲しいかな
天長へにありと雖も地久しきにありと雖ども
金玉堂 ( こんぎょくどう ) に滿つれば應に守らざるべし
富貴百年よく幾何ぞ
死生一度人皆有り
孤猨 ( こえん ) 坐 ( そぞ ) ろに啼く墳上の月
且く須らく一たび杯中の酒を盡くすべし
宴陶家亭子 (第3楽章「青春について」)
陶家の亭子に宴す (詩:李白 )
曲巷幽人宅 高門大士家
池開照膽鏡 林吐破顔花
祿水藏春日 靑軒祕晩霞
若聞弦管妙 金谷不能誇
曲巷幽人の宅 高門大士の家
池は開く照膽の鏡 林は吐く破顔の花
祿水春日を藏し 靑軒晩霞を祕す
若し弦管の妙を聞かば 金谷も誇ること能はず
採蓮曲 (第4楽章「美について」)
採蓮の曲 (詩:李白 )
若耶谿傍採蓮女
笑隔荷花共人語
日照新妝水底明
風飄香袂空中擧
岸上誰家遊冶郎
三三五五暎垂楊
紫騮嘶入落花去
見此踟蹰空断腸
若耶谿 ( じゃくやけい ) の傍 採蓮の女 ( むすめ )
笑ひて荷花 ( かか ) を隔て 人と共に語る
日は新粧 ( しんしょう ) を照らして 水底に明らかに
風は香袂 ( こうべい ) を飄 ( ひるがえ ) して 空中に挙 ( あ ) がる
岸上 ( がんじょう ) 誰が家の遊冶郎 ( ゆうやろう )
三三 五五 垂楊 ( すいよう ) に暎 ( えい ) ず
紫騮 ( しりゅう ) 落花に嘶 ( いなな ) き入りて去るも
此れを見て踟蹰 ( ちちゅ ) し 空しく断腸
春日醉起言志 (第5楽章「春に酔えるもの」)
春日醉より起きて志を言う (詩:李白 )
處世若大夢 胡爲勞其生
所以終日醉 頽然臥前楹
覺來盼庭前 一鳥花閒鳴
借問此何時 春風語流鶯
感之欲歎息 對酒還自傾
浩歌待明月 曲盡已忘情
處世大夢の若く
胡爲ぞ其の生を勞する
所以に終日醉ひ
頽然 ( たいぜん ) として前楹 ( ぜんえい ) に臥す
覺め來たつて庭前を盼 ( かえりみ ) れば
一鳥花閒 ( かかん ) に鳴く
借問 ( しゃもん ) すれば此れ何れの時ぞ
春風流鶯 ( りゅうおう ) に語る
之に感じて歎息せんと欲し
酒に對して還た自ら傾く
浩歌して明月を待ち
曲盡きて已に情を忘る
宿業師山房待丁大不至 (第6楽章「告別」前半部分)
業師の山房に宿り、丁大を待てども至らず (詩:孟浩然 )
夕陽度西嶺 羣壑倏已瞑
松月生夜涼 風泉滿淸聽
樵人歸欲盡 烟鳥棲初定
之子期宿來 孤琴候蘿逕
夕陽 ( せきよう ) 西嶺 ( せいれい ) に度 ( わた ) り
羣壑 ( ぐんかく ) 倏 ( たちま ) ち已に瞑 ( くら ) し
松月 ( しょうげつ ) 夜涼を生じ
風泉 ( ふうせん ) 淸聽 ( せいちょう ) 滿 ( み ) つ
樵人 ( しょうじん ) 歸 ( かえ ) りて盡 ( つ ) きんと欲し
烟鳥 ( えんちょう ) 棲みて初めて定まる
之の子宿來 ( しゅくらい ) を期す
孤琴 ( こきん ) 蘿逕 ( らけい ) に候 ( ま ) つ
送別 (第6楽章「告別」後半部分)
送別 (詩:王維 )
下馬飲君酒
問君何所之
君言不得意
歸臥南山陲
但去莫復問
白雲無盡時
馬を下りて君に酒を飲ましむ
君に問う、何くにか之く所ぞ
君は言う、意を得ず
歸 ( かえ ) りて南山の陲 ( ほとり ) に臥せんと
但だ去れ、復た問うこと莫からん
白雲は盡くる時無し