ボストン絞殺魔事件 影響

ボストン絞殺魔事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/30 13:24 UTC 版)

影響

ボストン市への影響

アメリカが空前の経済的繁栄を迎えた1960年代、ボストンは全米の主要都市の中で唯一人口を減少させた「斜陽都市」として衰退状態にあった。先の大統領選でマサチューセッツ州選出の上院議員ジョン・F・ケネディホワイトハウス入りを果たしたのを機に、市内の名士たちは政治的立場を乗り越えて打って一丸となり、ボストン再興を旗印に全精力と総工費10億ドルをかけた一大再開発プロジェクトを立ち上げた(ボストン#歴史も参照)。具体的には、プルデンシャル生命保険本社超高層ビルを中心とした世界最大級のビジネスパークの建設、NASA本部など連邦政府機関本部の誘致や、市内に点在するスラム街の再開発などからなる大規模なものであった。しかし、「ニュー・ボストン」と銘打たれた、ボストン政財界の総力が結集したこの計画が満を持して発表された1962年6月14日、前述のようにボストン絞殺魔の最初の犯行があったため、再開発の大事業は本事件によってトップニュースの座を奪われてしまい、皮肉にもボストンは復興事業ではなく殺戮都市として注目を集める結果となった[12][18]

市民への影響

絞殺魔の出現により、当時のボストンは恐怖に包まれた。1962年8月24日付の『ボストン・ヘラルド』紙の社説は「ヒステリーでは何も解決しない。統計学上、貴女が絞殺魔の犠牲になる確率は限りなくゼロに近いのである」と市民、特に女性に対して冷静になるよう訴えた。しかしその社説が掲載されたわずか6日後に絞殺魔による5人目の犠牲者が発見されたのである。未婚や未亡人として1人暮しをする女性はほとんど、ドアに複数の鍵やチェーンを取りつけ、身元の不確かな者を家に入れることを断った[19]。このためにガスや電気の検針員、電報配達員、市場調査員、政治家の運動員、フィールドワークを行なう学生たちは家を訪れてもドアを開けてもらえないことが多くなった[12]。特に訪問販売を主体としていた化粧品会社フーラー・ブッシュやエイボン・プロダクツは売上が激減することになった[12]。反面、防犯対策として錠前、ドアチェーン、ドアスコープのレンズなどが飛ぶように売れた[12]

女性たちは絞殺魔から身を守るため、部屋に即席のバリケードを作り、就寝時は万一の際の武器として有りあわせの傘やストックなどを備えた[12]空手などの護身術を習う者も増えた[12]。番犬を飼おうとする女性も多く、動物愛護協会の犬猫保護所の前には、野犬狩りで捕えられた犬を譲り受けようとする人々が毎日のように行列を作った[12]。照明を消した階段に空き缶を並べる防犯手段も流行した[12]。勤務で家を空けざるを得ない男性たちは、家族の安全の確認のために自宅に頻繁に電話を入れ、1日に20回も電話する者もいた[8]

一連の事件はすべて室内での犯行であったが、女性たちの恐怖心は外出時も収まることはなく、日没後の外出を避ける女性が増え、どうしても外出が必要な際は2人以上で出かけたり、番犬を連れたり、催涙スプレーやナイフを携帯する者もいた[12]

警察に犯人通報用の専用電話が設けられ、絞殺魔に関する情報が数多く寄せられたが、ほとんどは自分の愛人、元愛人、近隣の住民を名指しにしたものだった。ある女性は近所に住む若い男性を絞殺魔かと疑い、警察に通報後、恐怖心のあまり自宅の3階の窓から飛び出し、そのまま転落した。このように絞殺魔への恐怖のあまり、精神に異常を来す者もいた[12]。このようなパニック状態に、警察も完全にお手上げの態であった。彼らが市民に対して行えたアドバイスと言えば「ドアを厳重にロックすること」「建物に侵入しようとする不審者や挙動不審の者がいたら直ちに警察へ通報すること」といった程度のことだった。

事件の終息後

デザルボの逮捕後、本事件とデザルボは映画でも格好の題材とされており、特に1968年に公開された『絞殺魔』と『No Way to Treat a Lady』が知られている。前者は事件を真面目に取り上げたセミドキュメンタリー作品であり、後者はブラックコメディに仕立て上げられた軽めの作品である[16]。その後、21世紀に入っても監督候補マーク・ロマネク[20]、主演ケイシー・アフレックにより、本事件をテーマとした映画製作の企画が報じられている[21]。2023年にはリドリー・スコット製作、キーラ・ナイトレイキャリー・クーン主演で事件を追う2人の女性新聞記者の姿を描いた映画『ボストン・キラー 消えた絞殺魔』がアメリカではHulu[22]、アメリカ以外ではDisney+で公開予定[23]


  1. ^ 日本語では「アルバート・デザルヴォ[13]」、「アルバート・デ・ザルヴォ[6]」などの表記もある。
  2. ^ 日本語では「ジョージ・ナーサー」との表記もある[13]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l 清原編 2009, pp. 21–23
  2. ^ Bidgood, Jess (2013年7月11日). “50 Years Later, a Break in a Boston Strangler Case”. The New York Times (New York City: New York Times Company). https://www.nytimes.com/2013/07/12/us/dna-evidence-identified-in-boston-strangler-case.html 2013年10月16日閲覧。 
  3. ^ “Remains unearthed of confessed Boston Strangler”. USA Today. Associated Press (Mclean, Virginia: Gannett Company). (2013年7月12日). https://www.usatoday.com/story/news/nation/2013/07/12/boston-strangler-remains-desalvo/2513931/ 2013年10月13日閲覧。 
  4. ^ DNA confirms Albert DeSalvo's link to 'Boston Strangler' killing of Mary Sullivan: authorities. NY Daily News archive, retrieved October 17, 2015.
  5. ^ a b 省心書房 1995, pp. 364–367.
  6. ^ a b c d レーン他 1995, pp. 122–124
  7. ^ a b c d e f g h 省心書房 1995, pp. 370–375
  8. ^ a b c d e ウィルソン 1983, pp. 50–51
  9. ^ 省心書房 1995, p. 387.
  10. ^ a b c d 省心書房 1995, pp. 378–381
  11. ^ 越智啓太『犯罪心理学がよ~くわかる本』秀和システム〈Shuwasystem Beginner's Guide Book〉、2009年、144頁。ISBN 978-4-7980-2220-8 
  12. ^ a b c d e f g h i j k 省心書房 1995, pp. 368–369
  13. ^ a b c d タイム・ライフ編 1993, pp. 101–105
  14. ^ a b 省心書房 1995, pp. 385–389
  15. ^ ウィルソン 1983, p. 52.
  16. ^ a b c d 省心書房 1995, pp. 392–395
  17. ^ a b ファイドー 1993, p. 244
  18. ^ 省心書房 1995, pp. 376–377.
  19. ^ ファイドー 1993, p. 242.
  20. ^ “1960年代に全米を震撼させた「ボストン絞殺魔事件」の監督候補にマーク・ロマネク!”. シネマトゥデイ. (2014年1月21日). https://www.cinematoday.jp/news/N0059538 2014年9月3日閲覧。 
  21. ^ “ケイシー・アフレックが「ボストン絞殺魔」を題材にした映画を製作!”. シネマトゥデイ. (2012年12月8日). https://www.cinematoday.jp/news/N0048446 2014年9月3日閲覧。 
  22. ^ Grobar, Matt (2023年1月3日). “Boston Strangler Premiere Date, First Look: Keira Knightley-Led True-Crime Thriller From 20th Century Studios To Be Accompanied By ABC Audio Podcast”. Deadline Hollywood. 2023年1月3日閲覧。
  23. ^ “リドリー・スコット製作×キーラ・ナイトレイ主演 連続殺人鬼を追う記者を描く「ボストン・キラー」3月17日から配信”. 映画.com. (2023年2月24日). https://eiga.com/news/20230224/18/ 2023年2月25日閲覧。 





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