フェライト系ステンレス鋼 加工

フェライト系ステンレス鋼

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加工

加工性

フェライト系ステンレス鋼の加工では、全般的にいえば普通鋼とおおむね類似の加工性をフェライト系は持っている[74]

張出し加工を行う場合、材料の全伸びや加工硬化度n 値が高いほど加工性が優れる[75]。オーステナイト系ステンレス鋼はn 値が高く、張出しの加工性は優れている[76]。張出し加工についてはフェライト系はオーステナイト系よりも劣る[77]。張出し加工性を上げるには延性の向上が必要で、フェライト系の場合は必要な成分以外をできるだけ低減する高純度化が有効である[78]

絞り加工の場合は、材料の塑性ひずみ比r 値やn 値が高いほど加工性が優れる[75]。限界絞り率はオーステナイト系よりもフェライト系の方が高く、絞り加工性はフェライト系の方が優れている[77]r 値の向上には、炭素・窒素含有量の低減と炭化物・窒化物形成元素であるチタン添加が有効である[79]

フェライト系を曲げ加工する場合、曲げRが小さい場合はオーステナイト系よりも割れが起きやすい[80]。曲げ加工性には材料の局部伸びが影響し、非金属介在物の低減が有効である[81]

AISI430の溶接継手の組織写真。BMが母材部で、WMが溶接金属。溶接による結晶粒の粗大化が見て取れる[82]

フェライト系を溶接する場合は、溶接熱による475℃脆化、結晶粒粗大化による延性低下などが問題となり得る[83]。475℃脆化は溶接後の冷却速度が遅いと起きやすいので、冷却速度を上げるなどの工夫などが行われる[84]。フェライト系は高温でも変態しないため、加熱された部分の結晶粒が粗大化しやすい[85]

切削加工においては、ステンレス鋼は難切削材の1つとして知られる[86]。特に快削性が悪いのはオーステナイト系であり、フェライト系の快削性はオーステナイト系よりは優れ、炭素鋼に近い[87]。快削鋼のAISI B1112を基準とした被削性指数の例では、低炭素鋼のS25Cで被削性指数70、フェライト系のSUS430で被削性指数50、オーステナイト系のSUS304で被削性指数35となっている[88]硫黄などを添加することによってフェライト系の被削性を向上させることができる[89]

特有の加工欠陥

フェライト系ステンレス鋼に絞り加工を行うと、「リジング (ridging)」や「ローピング (roping)」と呼ばれる圧延方向に平行に走るしわ(凹凸)が発生することがある[90]。リジングはフェライト系ステンレス鋼における代表的な加工欠陥の1つである[91]。リジングによるしわは表面にも裏面にもでき、表で凹となる箇所は裏で凸となっており、板厚を貫通して起きている現象である[90]。鋳造組織や熱延板組織に由来する変形挙動の異なる単位領域がフェライト系の組織中に存在することが、リジングの主原因と考えられている[92]。フェライト系でリジングが特に起きやすいのは、フェライト系の場合はオーステナイト単相からフェライト単相への完全変態がないため問題となる単位領域が残りやすいためだと考えられている[93]。リジングによるしわは成形品の美観を損ねるため研磨による削除を行う必要があり、製造上の大きな手間となる[92]。さらに大きなリジングは割れの原因となることもある[90]。チタンの添加がリジングの低減に有効な場合もあるが、主原因がステンレス鋼の製造工程と密接に関連していることもあり、根本的な撲滅は難しい面もある[94]

同じくフェライト系をプレス成形する際に起こうる欠陥として、「縦割れ」と呼ばれる脆性割れがある[95]。これは普通鋼でも起きる欠陥で、縮みフランジ変形のひずみを原因とし、円筒絞り品の胴部分や角筒絞り品のコーナー部分など縮み変形が大きい箇所で起きる例が知られている[95][96]。「二次加工脆化割れ」とも呼ばれ、絞りを行ったあとの二次加工時に起きることも多い[95][97]。温度依存性があり、気温が低下する冬に起きやすい[95]。加工上の対策としては、中間焼なまし実施、しわ押さえ圧上昇、加工速度低下などが行われる[95][97]。材料上の対策としては、r 値向上、微量のホウ素添加などがある[95][97]


注釈

  1. ^ 酸素などの腐食因子から金属を守る能力のこと[3]
  2. ^ 水が関与する腐食[118]

出典

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