ピトケアン諸島 政治

ピトケアン諸島

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/11 15:54 UTC 版)

政治

イギリスからニュージーランドに派遣されている高等弁務官がピトケアン総督を兼ねる。

住民により島司、立法議会のメンバーが選ばれる。2004年まではスティーブ・クリスチャン島司が島の実質上の行政を行っていた。しかし、後述する少女性的暴行事件の影響で2004年10月30日に解任され、後任にはジェイ・ウォーレンが就任した。

交通

空港は無く、貨客船MVクレイモアII英語版フランス領ポリネシアガンビエ諸島マンガレバ島との間を年に8往復している。船は火曜日の午後にマンガレバ島のリキテア村を出発し、木曜日の朝にピトケアン島に到着する。所要時間はおよそ32時間で、タヒチからの国内便と接続が図られており、以前より島へのアクセスが容易になったが、観光客は、船のスケジュールに合わせて3日間、10日間、3か月間のいずれかの滞在期間を選ぶ必要がある。[5]

施設の整った病院などに入る場合は、4,000 km近く離れたニュージーランドまで船で行かなくてはならない上、急ぎの場合は船をチャーターする必要がある。

島内では住民は水上交通に改造した大型のボートを用いる。陸上では6.4 kmにわたって道路が舗装されており、四輪バギーや日本製のオートバイに乗っている。

経済

産業は主に、物々交換による経済として、漁業と農作物を中心に行われており、島で芋やバナナやオレンジなどを植えている。鉱物資源の開発が経済発展を促す可能性があり、島の深海底でマンガン塊が発見されている他、デュシー島やヘンダーソン島にグアノがある。現在ではドメインの.pnの販売に力を入れており、島政府のホームページでもセールスをかけている。

通貨としてニュージーランド・ドルが用いられているが、島内ではいくつかの外貨と両替することができる。土産店ではアメリカ・ドルでの表示もされている。クレジットカードは使用できない。

このほか、外貨を稼ぐため、蜂蜜、ガイドブック、郵便切手の販売もおこなわれているが、島に寄港する船が限られているため郵便事情が悪く、蜂蜜の場合は注文してから届くまで2~5か月を要する。郵便切手については1940年10月より島独自のものが発行されており、島の郵政組織は世界最小の郵政機関とも呼ばれている[6]

住民

島民の多くは、バウンティ号の反乱者のイギリス人水夫とタヒチ系ポリネシア人女性との間に生まれた子孫である。

宗教はキリスト教で、島民は熱心なプロテスタントセブンスデー・アドベンチスト教会であるため、基本的には島民はアルコール)は飲まないし、タバコは吸わない。ガバメント・ストア(唯一のコンビニエンスストア)とクリスチャンズ・カフェ(唯一のカフェ)では、アルコールやタバコを販売しているが、品薄である。

食のタブーもあり、豚肉海老は食べないという。これは、反乱者達が島に住み着いてから、酒に酔った乱暴な一部の反乱者らによる島での殺し合いが起きた時、反乱者の最後の生存者であるアダムズが聖書に助けを求めて以来、キリスト教の教えを熱心に現在に至るまで守っているためである。

少女性的暴行事件

1999年、この島に研修に訪れていたイギリスの女性警察官が、この島の女性から「この島の14歳以下の女性と大部分の成人男性が性交渉をもっている」という事実を告げられた。彼女はこの事実をニュージーランド在住のピトケアン総督に報告し、捜査の結果、この告白が事実である事が判明した。これは本国のイギリスの法律に照らせば違法であるが、島民は男性も女性も「これは島の風習であり、イギリスの法律で裁くことは適さない」と主張している。

またピトケアン島には裁判所がなく、裁判に必要な判事弁護士もいないので、実際に裁判を行うには、ニュージーランドまで行かなくてはならなかった。「容疑者」はこの島のほぼ全ての成人男性であり、島の経済はその間大きく停滞する事になる。ましてや実刑判決が下れば、島の存続にも関わってくる。一つの島が丸ごと消えてしまいかねない事件として、この出来事はイギリスやニュージーランドだけにとどまらず、世界中で大きく取り上げられることとなった。

結局、ニュージーランドでの裁判の開廷は地元の負担が大きすぎるという事で、2004年にピトケアン島で裁判を開廷する事が決定された。判事や弁護士はニュージーランドからはるばるやって来た。イギリスの海外領土の住民が、イギリス連邦に属するとはいえニュージーランドの判事や弁護士により、英国法によって裁かれるという変わった形である。また、島の男性によるイギリスの法律の適用外だという主張は退けられた。さらに、実刑判決が出た場合に備えて、イギリス本国では刑務所もピトケアン島に設ける事を決定し、この刑務所に勤務する者の募集を始めた。

2004年10月25日、ピトケアン島で裁判が行われ、7人の被告に対して裁判が開かれ、6人が有罪、1人が無罪になった。しかし、判決が出た当時はまだ刑務所が工事中だったため、有罪になった6人とも島の中で自由にしていた。2005年から6人が刑務所に収監されている。




  1. ^ Oxford English Dictionary
  2. ^ City Population 閲覧日:2017年1月30日
  3. ^ 南太平洋の無人島にゴミ3800万個、日本からも ―世界遺産のヘンダーソン島、世界各地のプラスチックゴミが漂着―”. 日経ナショナル ジオグラフィック社 (2017年5月19日). 2018年1月7日閲覧。
  4. ^ 石森大和「ピトケアン諸島」/吉岡政徳・石森大和編著『南太平洋を知るための58章 メラネシア ポリネシア』明石書房 2010年 243-244ページ
  5. ^ アーカイブされたコピー”. 2012年6月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年6月14日閲覧。
  6. ^ 板橋祐己. “わずか50人の住民のために切手を発行──「世界最小の郵政機関」はなぜ生まれたのか?”. オールアバウト. 2019年12月13日閲覧。


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