オセールのレミギウス 音楽に対する影響

オセールのレミギウス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/05 15:12 UTC 版)

音楽に対する影響

レミギウスの生きていた頃の教会の領域内での音楽モノフォニーであり、これは12・13世紀になるまで変わらなかった[18]。しかし、ポリフォニー興隆の基礎準備が、古代の哲学作品の考察・解釈とともに彼の生きた時代になされた。というのは、プラトンからマルティアヌス・カペッラまでの人物の手になる文献によって数学と音楽、そして後には韻文の間の哲学的関係が探求されていたのである。初期中世の思想家はそれらの作品を様々な方法で解釈したが、中でも(オセールのレミギウスのような)文法家は音楽の構造と韻文の構造の間の革新的な関係を発見した[19]。音楽の数学に関する哲学的文献の文法学的釈義を通じてポリフォニー音楽の基礎が築かれ、3世紀ほど後のパリのノートルダムで結実を見ることになる。

フランスの典礼にローマ教会と大きく異なる口述的・音楽的伝統があったためにカロリング朝期のローマ教会が聖体拝領の普遍的な様式を構築することが困難だったことに言及しておくのは興味深い。当時音楽はローマで制度化されており、音楽に関する古代の哲学者の言明を文法家が解釈することが必要であった[20]

歴史的文脈

レミギウスはカロリング・ルネサンスと呼ばれる薄明の中で著作・教育を行ったが[21]、これはカール大帝の治世(800年-814年)に起こったとされる[22]。当時、カール大帝の指揮によって古代の思想家に対する新たな関心が湧き上がっており、特にネオプラトニズム哲学やローマの教育と法の構造と応用に注目して(自由七科の学習を強調しつつ)行われた。

オセールのレミギウスはこの文化的復興に直接には関わらなかったが、彼は明らかにこれから恩恵を受けていた。彼の文法学者としての立ち位置は古代ローマの、文法学・講読・修辞学が学習の三本柱(理論的知識がこのトリウィウムに基づいて構築された)とされた教育モデルに耳を傾けるものであった。さらに重要なこととして、東ローマ帝国との接触を通じて西方にもたらされた古代ギリシア・ラテンの知識に曝されたことでレミギウスは哲学的文献を理解したりその注釈を行ったりする機会を得たということがある。結局、「カロリング・ルネサンス」に優勢な傾向は明らかにレミギウスの著作に現れていた、つまり、プラトニズムとキリスト教がレミギウスの著作でも共在していたのである; 前者は世界を説明するが、しかし後者の必要な道具にすぎなかった[23]

著作に関する論争

古代の哲学的文献に対するレミギウスの註釈に関する第一の研究によって、彼の著作の多くは剽窃らしいということが分かった[24]。フランスの宮廷・学校にネオプラトニズムを紹介した前世代のアイルランド人修道士ヨハネス・スコトゥス・エリウゲナの著作から広範にわたって彼が思想を引き出している点でそのことは特に明白となっている。[25]。エリウゲナは哲学者なのに対してレミギウスは文法家にすぎないことを根拠として、E. K. Randはレミギウスがエリウゲナの著作から「シザーアンドペースト[26]」を行ったとして非難している[27] 。しかし、より近年の研究によって、こういった非難は不公平であるばかりか、それが必ずしも真でないことが示されている。

レミギウスはエリウゲナから大きく影響を受けており、明らかにエリウゲナの思想を念頭において注釈書を作成している。実際、レミギウスがマルティアヌス・カペッラの著作に対する注釈をエリウゲナの著作とマルティヌス・スコトゥスの著作という二冊の本の助けを借りて作成したことが知られている[28]。しかし、レミギウスの字引は、それらがオセールで書かれたことを文書の考察が示しているとすれば、彼自身によるものだと考えられている[29]。レミギウスが剽窃していたと主張することの問題点は、単に当時この地域でほとんどの学者がエリウゲナの著作によく親しんでおり、エリウゲナの思想が彼ら自身のものと容易に区別できるという理解のもとに、彼ら自身の著作にエリウゲナの思想が利用されていたことにある[30]。さらに、哲学と宗教は結合されて知恵への道となるという彼が信じていたにも関わらず[31]、レミギウスの注釈書は詳細な哲学的問題よりもむしろ文法学的問題により関心を持つ傾向があった[10]。そこで、彼はエリウゲナの哲学的基盤をもとに始めて、そこに文献に対する彼独自の解釈を付け加えたのだと考えられる[32]。古代ギリシア語を学ぶことの難しさを考慮するとこの説の蓋然性がより高まる。

13世紀までは、適切なギリシア語文法書が存在せず、学者たちはアエリウス・ドナトゥスカエサレアのプリスキアヌスセビリャのイシドルスらから得たラテン語文法の知識を古代ギリシア語の文献に適用せざるを得なかった。エリウゲナは文献に対する注釈書を作成するのに十分なほどにギリシア語に習熟しており、レミギウスのような文法家は他人の著作に基づいて自身のギリシア語理解を構築していたと考えられる[33]。以上のことを考慮すると、レミギウスが剽窃した可能性に関する論争は、現代の学者にとって、故意のものというより初期中世の学者を取り巻く環境の問題だったと考えられる[34]


  1. ^ "Un commento del commento", according to C. Marchese, "Gli scoliasti di Persico" Rivita di Filologia39-40 (1911-12), noted by J. P. Elder, "A Mediaeval Cornutus on Persius" Speculum 22.2 (April 1947, pp. 240-248), p 240, note; 243f.
  2. ^ Cora E. Lutz, ed. Remigii Autissiodorensis commentum in Martianum Capellam, (Leiden: E.J. Brill, 1962), p. 1.
  3. ^  Herbermann, Charles, ed. (1913). "Remigius of Auxerre". Catholic Encyclopedia. New York: Robert Appleton Company.
  4. ^ Margaret T. Gibson, “Boethius in the Carolingian Schools,” Transactions of the Royal Historical Society, Fifth Series, Vol. 32, (1982), p. 48.
  5. ^ J. P. Elder, "A Mediaeval Cornutus on Persius" Speculum 22.2 (April 1947, pp. 240-248), pp 243f.
  6. ^ John Marenbon, Early Medieval Philosophy (480-1150): An Introduction, (London: Routledge with Kegan Paul, 1983), p. 86.
  7. ^ M. Esposito, “A Ninth-Century Commentary on Donatus,” The Classical Quarterly, Vol. 11, No. 2 (April 1917), p. 97.
  8. ^ Lutz, 1.
  9. ^ Lutz 1
  10. ^ a b c Marenbon, Early Medieval, 78.
  11. ^ He also investigated the problem of the origin of the universe and in his commentary on Martianus Capella gave a Christian interpretation to the passages in which Martianus Capella speaks of the invisible world of Platonic ideas. From the Catholic Encyclopedia, 1913.
  12. ^ M. Esposito, "A Ninth-Century Commentary on Phocas" The Classical Quarterly 13.3/4 (July 1919), pp. 166-169.
  13. ^ Lutz, 18, 24.
  14. ^ Lutz, 6.
  15. ^ John Marenbon, From the Circle of Alcuin to the School of Auxerre: Logic, Theology, and Philosophy in the Early Middle Ages, (Cambridge: Cambridge University Press, 1981), p. 4.
  16. ^ Donnalee Dox, “The Eyes of the Body and the Veil of Faith,” Theatre Journal, Vol. 56, No. 1, (March 2004), p. 16.
  17. ^ Gibson, 55.
  18. ^ Margot E. Fassler, “Accent, Meter, and Rhythm in Medieval Treatises ‘De rithmis,’” The Journal of Musicology, Vol. 5, No. 2, (Spring 1987), p. 164.
  19. ^ Fassler, 174.
  20. ^ Craig Wright, Music and Ceremony at Notre Dame of Paris: 500-1550, (Cambridge: Cambridge University Press, 1989), pp. 60-65.
  21. ^ G. W. Trompf, “The Concept of the Carolingian Renaissance,” Journal of the History of Ideas, Vol. 34, No. 1 (Jan-March 1973), pp. 3-26.
  22. ^ Charles Van Doren, A History of Knowledge: The Pivotal Events, People, and Achievements of World History, (New York: Ballantine Books, 1991), p. 105.
  23. ^ Gibson, 56.
  24. ^ William H. Stahl, “To a Better Understanding of Martianus Capella,” Speculum, Vol. 40, No. 1 (Jan. 1965) p. 108.
  25. ^ Marenbon, Alcuin 10.
  26. ^ E. K. Rand, “How Much of the Annotationes in Marcianum is the Work of John the Scot?,” Transactions and Proceedings of the American Philological Association, Vol. 71, (1940), p. 516.
  27. ^ Rand, 516.
  28. ^ Lutz, 17.
  29. ^ Marenbon, Alcuin, 119.
  30. ^ Marenbon, Alcuin, 10.
  31. ^ Lutz, 22.
  32. ^ Charles M. Atkinson, “Martianus Capella 935 and its Carolingian Commentaries,” Journal of Musicology, Vol. 17, No. 4, (1999, 2001), p. 515.
  33. ^ Bernice M. Kaczynski, Greek in the Carolingian Age: The St. Gall Manuscripts, (Cambridge, Massachusetts: The Medieval Academy of America, 1988), pp. 43, 49, 56.
  34. ^ Gibson, 48.


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