献上品
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/08/13 05:59 UTC 版)
上品な言い方で献上品(けんじょうひん)、より一般的には貢物(みつぎもの、英:tribute)とは、権力者や身分の高い人への贈り物(プレゼント)のことである。献上物(けんじょうもの)とも。
歴史的に見て、権力が私物と見なされた国では献上品が頻繁に行われた歴史があるが、権力構造が変わり、権力が私物ではなく、国家のもの、議会のもの、国民のものとされるようになった国では禁止されている。
歴史
古代エジプトのファラオに献上品(貢物)が国内の人々や周辺諸国の人々から贈られた記録が残されている。ヌビア、エチオピア、シリア[1]など、膨大な量の貢物が贈られた記録が壁画やヒエログリフで残されている。
イギリスでは、1687年までは国王が権力を私物のように扱い、国王に贈り物を贈ることで便宜をはかってもらおうとするような輩が後を絶たなかったが、1688年にイングランドで名誉革命が成立し、1689年の権利章典(Bill of Rights)で、議会主権が確立し、権力は国民・議会との契約に基づくものとされるようになり、権力は王個人のものではない、とされるようになった。官職や財政は王の個人的裁量ではなく、議会で定められた法律・制度に従うものになり、同時期に公職者の私的利益と公的権限の分離が法制度化される萌芽が見られるようになった。権力が国王の私物ではなく議会のものである、とされたことで、投票で議員を選ぶことができる国民が実質的な力を持つようになり(つまり、主従関係の逆転が起き、議員を選ぶ選挙権を持つ国民の側が"真の力"を持つようになり)、議員が国民(主権者となり、いわば権力者になった国民)に"贈り物"をして票を得ようとするようなことが横行するようになった。そこで1695年に成立したen:Corrupt Practices Act 1695(1695年腐敗行為防止法)では、議員が有権者に賄賂を贈ることを禁止した。 1889年にはen:Public Bodies Corrupt Practices Act 1889(1889年公的機関腐敗行為防止法)が成立した。この法律では公的機関の構成員(議員、役員、使用人)の能動的または受動的な収賄行為を刑事犯罪とする法律で、本人自身であれ、他の者と共にであれ、公的機関が関与する実際または予定される事案や取引に関して、何か行うこと、あるいは行わないことを動機あるいはその報酬として、贈り物、貸付金、手数料、報酬、利益その他いかなる利益も不正に要求したり受け取ったり、受け取ることに同意したりしてはならないと定められている。(また、対象者は、他人の利益のためであれ、自分自身の利益のためであれ、同様に不正に贈り物、貸付金、手数料、報酬、利益その他いかなる利益も約束したり提供したりしてはならない。これも、公的機関が関与する実際または予定される事案や取引に関して、何か行うこと、あるいは行わないことに対する動機付けや報酬として行ってはならないとされる。)
1776年の『アメリカ独立宣言』でも、権力は個人の私物ではなく、人民が委託する公的機関のもの、と明記された。アメリカ合衆国憲法の第二条代四項で、大統領や公務員が賄賂を受け取ることは、弾劾事由として規定されている。(つまり、アメリカ大統領が贈り物を受け取るようなことをすると基本的には、弾劾(解任)の理由となりうる)。また、権力を握った公務員が贈り物を受け取ることに関する具体的な法律や規定に関しては、初期連邦議会は1789年に、まず税関の職員が収賄することを禁止する規定を設け、1790年のen:Crimes Act of 1790で司法関係者が賄賂を受け取ることも禁止し、1825年のen:Crime Act of 1825で収賄、汚職規定を拡張し、1962年の連邦賄賂禁止条項で司法、立法、行政いずれの連邦職員についても賄賂をうけとることや不正な謝礼を受け取ることを犯罪だと規定するなど、段階的に、贈り物を受け取ることを禁止する規定を拡張・拡充してきた。
日本国内
歴史
江戸時代
江戸時代には各藩から将軍家(江戸幕府)に対して献上品が贈られた。
参勤交代の際には、各藩は将軍への献上品を持参した[2]。献上品は馬や銀が定番だった[2]。また、各藩自慢の名産品の初物(はつもの)も多く、領内で一番最初に採れたものをいちはやく将軍に献上することが一般化した[2](なお、各藩は将軍家への献上品だけでなく、幕府“要人”への“土産”も持参した。また、参勤交代で他藩を通過する際には、贈答品として馬を贈ることも行われた。)。献上品や贈答品には、藩の面子(めんつ。プライド)がかかっていた[2]。幕府は献物全般の高騰を規制しようとはしたが、各藩が勝手に高値の物の調達する競争をしてしまい、その結果、費用は増えていったと考えていい[2]。
そのほか、四季折々に自藩の特産品などを幕府(将軍家)へ献上する慣習も生まれ、これを「時献上」(ときけんじょう)と呼んでいた。献上品は多岐にわたり、献上図式という詰将棋の作品集が献上されることもあった。
なお、献上を目的として作られた品物は御用品(ごようひん)と呼ばれることもあった。たとえば伊達藩で献上用に作られた切込焼はそう呼ばれた。
こうした献上品や贈答品の余剰を買い取って他所へ販売する、現代のリサイクルショップに類似した「献残屋」(けんざんや)という商人も存在し、その多くは江戸城周辺で営業していた[3]。『守貞謾稿』には献残屋が扱う品目として、熨斗鮑や昆布など日持ちする食品や献上時に用いる檜台、折櫃、樽などの道具や容器が挙げられている[3]。
昭和時代
戦後の地方巡幸途上における献上は、1949年(昭和24年)4月1日、内閣が政府関係部局に発出した通達により、地方巡幸の御趣旨からして「差し控えること」が示されていた[4]。
1929年(昭和4年)12月には、献上品取扱内規が定められ、これに沿った運用がなされていたが、1955年(昭和30年)3月1日、同内規が改正。主として産業・文化推奨の趣旨に添うものに限ることが定められた。なお、親族からの内献や外国交際のための儀礼上のものは除かれることとされている[5]。
第二次世界大戦で日本は敗戦国となり、戦後、アメリカの指導のもと、民主主義にもとづいた日本国憲法が制定され、「天皇は国政に関する権能を持たない」と明記され、天皇は象徴的と存在となり(象徴天皇制)、日本の主権(最高権力)は国民にあり(国民主権)、選挙の投票で国会議員を選ぶことができ、その議員の中から選ばれ日本の国政上の権能を持つ者(権力者)は内閣総理大臣、という構造になった。1947年(昭和22年)に国家公務員法が公布され、1948年(昭和23年)に全面改正が行われ(改正国家公務員法)、1948年のこの改正で、公務員は"一般職"と"特別職"に区分される体系が明確化され、内閣総理大臣や国務大臣は特別職の国家公務員と明記され、この区分方法は現行の国家公務員法第2条第3項にも引き継がれている。
そして刑法第197条(収賄罪)につぎのような規定がある。
公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の拘禁刑に処する。これより不正な行為をし、又は相当の行為をしなかったときは、一年以上の有期拘禁刑に処する。
したがって、総理大臣や大臣が、職務に関連するような贈り物を受け取ったり要求したり約束した場合は収賄罪にあたり、5年以下の拘禁刑に処される。また、総理大臣や大臣が "あいつは贈り物をくれなかったから"などという理由で、本来ならすべき職務的行為を意図的にしないような いやがらせをした場合も1年以上の有期拘禁刑に処せられる。
たとえばロッキード事件の最高裁判決で、「職務に関し」とは具体的な処分権限がなくても、一般的職務権限と関連性があれば足りる、将来の職務行為も含む、個別行為の特定は不要、との判断が示され、事件当時の内閣総理大臣で"贈り物"を受け取った田中角栄が有罪とされた。(この法理や判例は、内閣総理大臣だけでなく大臣にも適用されるので、大臣も職務権限と関連性がある人々から贈り物を受け取れば、贈り物と個別の行為の結びつきが特定できなくても、有罪となる。)また、最高裁判決は、現実に職務行為が(まだ)行われなくても、その(将来の行為の)対価としての趣旨があれば収賄は成立する、と明らかにした。
またあっせん利得処罰法は公職者(総理大臣や国務大臣含む)は、権限に基づく影響力を利用し、あっせんの対価として利益を受けることを禁じている。実際に権限行使が行われたか否かは犯罪の成立に不要であり、影響力を背景とする対価性があれば足りる(犯罪が成立したと見なされる)、としている。
現在の日本で皇室に献上される品は宮内庁長官官房総務課が担当する[6]。
- 種類
献上品の種類は多岐にわたる。食品、日用品のほか工芸品、美術品が連想されがちだが[7][8]、それに限らず、たとえば京都御所の御内庭の「樹木、自然石、灯籠などの多くは、献上品で」ある[9]。
脚注
注釈
出典
- ↑ “Syrians Presenting Tribute to the Egyptian Pharaoh”. ハーバード大学. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “参勤交代の旅費と江戸滞在費は膨大な金額だった!”. 2025年12月20日閲覧。
- 1 2 山本博文「時代劇用語指南 献残屋 - imidas、2009年1月19日、2026年8月13日閲覧。
- ↑ 宮内庁『昭和天皇実録第十』東京書籍、2017年3月30日、818頁。ISBN 978-4-487-74410-7。
- ↑ 宮内庁『昭和天皇実録第十二』東京書籍、2017年3月28日、21頁。 ISBN 978-4-487-74412-1。
- ↑ “組織・所掌事務 - 宮内庁”. 2022年2月24日閲覧。
- ↑ 御即位を祝う献上品 - 宮内庁
- ↑ 三の丸尚蔵館 第85回展覧会について - 宮内庁
- ↑ 《京都》 御所と離宮の栞 (PDF)
関連項目
- 冊封体制 - 冊封 / 朝貢
- 御物
- 御用達
- 白龍餅
- 蟹工船 - 作者は献上品についての記述により不敬罪で追起訴されている。
- 恩賜 ─ 主君から身分の低い者への贈り物。身分が高い者から低い者へ贈る事を「下賜(かし)」という。
献上品
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 07:01 UTC 版)
江戸時代、各大名が幕府へ献上する食品の中で、鯛が盛んに活用されており、1762年の宝暦武鑑によれば88の大名が干鯛を献上している。活鯛も非常に用いられ、江戸城活鯛納制という組織ができ、生簀船などにより調達網が整えられていた。
※この「献上品」の解説は、「鯛」の解説の一部です。
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