御用議員とは? わかりやすく解説

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御用議員

(Placeman から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/03/01 03:05 UTC 版)

御用議員英語: Placeman)は、17世紀から18世紀にかけてイギリスに存在した利益団体国王が収入の良い官職(一般には閑職)や年金を特定の個人に与え、そのなかで議員に当選した者が議会で国王支持派を形成した。18世紀以降、御用議員排除法: Place Act)が徐々に整備され、19世紀には減少した。

概要

1832年に描かれた風刺画悪魔の掲げるゴミどもの一覧に「御用議員」も含まれている。

17世紀後半の王政復古以後、国王は収入の良い官職(一般には閑職)や年金を褒賞に特定の個人を抱き込んで、そのうち議員に当選した者に国王支持を求めることで議会操縦を行い、18世紀半ばにはその数は160人に及んだ[1]

名誉革命以降、御用議員への批判が高まり、1692年に初めて御用議員排除法案が提出されたが、貴族院で否決された[注釈 1][1]。さらに1701年王位継承法では、有給の官職や年金を国王に与えられたものは庶民院議員を兼務できないと定められたが、1705年にこの条項は削除された[3]。続く1707年の法では、特定の官職と1705年以後にもうけられた官職を対象に、議員資格を喪失させて庶民院から排除した[3](その他の官職については、選挙で再選すれば兼務を許された。)その後も法制定は続き、1716年には国王による年金受領者が、1742年には政府関係官庁の下級官吏の大部分が議員資格を失っている[1]

このように御用議員排除法はつくられ続けたが、国王ジョージ3世の登場により再び雲行きが怪しくなる。ジョージ3世は積極的に国政に関与し、御用議員を議会に登用したため、議会の自律が失われて議員の質が低下した[4]。1780年、この状況を憂いたジョン・ダニング議員は「王権は拡大の一途をたどり、今も拡大しつつあり、縮小されねばならない」とする動議を提出した[5][6][4]。この動議は可決されて、ときのノース内閣は退陣を強いられた。

以後もダニング動議の精神は生き続け、1782年にはジョン・クルー議員主導による1782年議会法が成立した。同法では、関税庁英語版郵政省英語版など歳入部門の官僚の被選挙権投票権を取りあげた[注釈 2][1][8]。また同年には1782年事務官法を制定し、政府と備品納入や委託契約を結んでいる者を議員から排除した[1]。一方で、政府側は野党の突き上げに応じて御用議員排除法案を審議するものの熱心ではなく、スペンサー・パーシヴァル首相のように法案を骨抜きにするケースもあった[9]

以後も御用議員は少しずつ整理されていき、1830年代には約20人にまで数を減らして終焉に向かった[1]

脚注

注釈

  1. ^ このとき庶民院議員ジョン・グランヴィル英語版は、この法案をかつての1645年辞退条例になぞらえて「辞退法案」と呼んでいたという[2]
  2. ^ 御用議員排除法は抜け道が多く、同法も歳入官僚の親族を議員にするといったすり抜けを許した[7]

出典

  1. ^ a b c d e f 松村 & 富田 (2000), p. 583.
  2. ^ Rubini, Dennis(英語)『Court and Country 1688–1702』Hart-Davis、London、1968年、100頁。ISBN 9780246644770OCLC 1148594363https://archive.org/details/courtcountry16880000rubi 
  3. ^ a b 松村 & 富田 (2000), p. 582.
  4. ^ a b 大嶋, かず路『ウィリアム・ピット - 大英帝国に命を捧げた小ピットの生涯』(新装版)教友社、千葉県習志野市、2023年、68頁。 ISBN 9784907991982 
  5. ^ ベイカー, ケネス 著、樋口幸子 訳『英国王室スキャンダル史』河出書房新社、1997年、74頁。 ISBN 978-4309223193 
  6. ^ 松村 & 富田 (2000), p. 213.
  7. ^ Porritt, Edward; Porritt, Annie Gertrude (1903). The Unreformed House of Commons: Parliamentary Representation before 1832 (英語). Vol. I. Cambridge University Press. pp. 74–75.
  8. ^ Davis, R. W. (23 September 2004). “Crewe, John, first Baron Crewe”. Oxford Dictionary of National Biography (英語) (online ed.). Oxford University Press. doi:10.1093/ref:odnb/6691. (要購読、またはイギリス公立図書館への会員加入。)
  9. ^ Jupp, P. J. (21 May 2009) [23 September 2004]. “Perceval, Spencer”. Oxford Dictionary of National Biography (英語) (online ed.). Oxford University Press. doi:10.1093/ref:odnb/21916. (要購読、またはイギリス公立図書館への会員加入。)

参考文献




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