陳伯礼とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 陳伯礼の意味・解説 

陳伯礼

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/25 02:49 UTC 版)

陳伯礼(陳伯禮、ちん はくれい、生没年不詳)は、南朝陳皇族。武陵王。文帝陳蒨の十男。は用之。

経歴

陳蒨と韓脩華のあいだの子として生まれた。天嘉6年(565年)12月、武陵王に封じられた。太建元年(569年)、雲旗将軍・持節・都督呉興諸軍事・呉興郡太守に任じられた。郡においてほしいままに暴行をはたらき、民衆の財貨を侵奪した。太建9年(577年)、官吏の弾劾を受けたが、宣帝は伯礼が年少であることから免罪し、再犯することがあれば必ず法によって処断すると宣告した。太建11年(579年)春、召還の命が下ったが、伯礼は言を左右にして引き延ばし、出立しようとしなかった。この年の10月、御史中丞の徐君敷は伯礼を免官して王邸に蟄居させるよう上奏し、宣帝はこれを認めた。禎明3年(589年)、陳が滅亡すると、伯礼は関中に入った。

大業年間に散騎侍郎・臨洮郡太守となった。

伝記資料

  • 陳書』巻28 列伝第22
  • 南史』巻65 列伝第55



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「陳伯礼」の関連用語

1
18% |||||

2
10% |||||

3
6% |||||

陳伯礼のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



陳伯礼のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの陳伯礼 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS