鄭宝清とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 鄭宝清の意味・解説 

鄭宝清

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/20 05:30 UTC 版)

鄭 宝清
鄭 寶清
生年月日 (1955-01-10) 1955年1月10日(70歳)
出生地 中華民国 台湾省桃園県楊梅鎮
(現:桃園市楊梅区
出身校 国立中興大学行政系学士
国立中興大学法学修士
国立中央大学管理学博士
前職 崇右技術学院副校長、教授
桃園航空城公司董事長
台塩董事長
国民大会代表
所属政党 民主進歩党→)
無所属→)
台湾民衆党

第3-4・9期 立法委員
選挙区 桃園県選挙区(1996年-2002年)
桃園市第四選挙区(2016年-2020年)
当選回数 3回
在任期間 1996年2月1日 - 2002年1月31日
2016年2月1日 - 2020年1月31日
テンプレートを表示

鄭 宝清(てい ほうせい、ジェン バオチン、1955年民国44年〉1月10日 - )は、中華民国台湾)の実業家政治家。元立法委員[1]

経歴

1995年の第3回立法委員選挙で桃園県選挙区から出馬し、初当選。1998年の第4回立法委員選挙でも再選された。

2005年、桃園県長選挙に出馬したが、国民党候補の朱立倫に敗れた。

2016年の第9回立法委員選挙では桃園市第四選挙区から出馬し、国民党候補の楊麗環が獲得した86,253票(49.95%)に対し、鄭は86,413票(50.05%)を獲得し、勝利宣言した。しかし、票差はわずか169票(得票数の約1000分の1)であったため、楊麗環は桃園地方裁判所に票の数え直しを訴えた。同年1月27日、桃園地方裁判所の公告により鄭の当選が確定した。

2020年の第10回立法委員選挙でも再選を目指して出馬したが、国民党候補に敗れ、落選した。

2022年、桃園市長選挙に候補登録していた林智堅が辞退したため、鄭運鵬が立候補することになったが、これを不服として立候補を表明した。同年9月8日、党規に違反したとして民進党から除名された。同年11月26日の選挙の結果、落選した。

2023年10月5日、台湾民衆党に入党した。

選挙記録

年度 選挙 選挙区 所属政党 得票数 得票率 当選 注釈
1991 第2回国民大会代表選挙 桃園県第一選挙区 民主進歩党 24,236 28.55%
1995 第3回立法委員選挙 桃園県選挙区 46,243 7.24%
1998 第4回立法委員選挙 37,386 5.57%
2005 第15回桃園県長選挙 桃園県 307,965 38.32%
2016 第9回立法委員選挙 桃園市第四選挙区 86,413 50.05%
2020 第10回立法委員選挙 97,316 46.50%
2022 第3回桃園市長選挙 桃園市 無所属 30,282 2.83%

出典

  1. ^ 選舉公報-正面=第四區”. 中央選舉委員會. 2024年5月20日閲覧。

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  鄭宝清のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「鄭宝清」の関連用語

1
30% |||||

2
6% |||||

3
6% |||||

4
6% |||||

5
6% |||||

鄭宝清のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



鄭宝清のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの鄭宝清 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS