遠山荘と景廉
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/13 20:38 UTC 版)
遠山荘は美濃国恵那郡の大部分で中心地は岩村であった。 文治元年(1185年)に源頼朝の重臣の加藤景廉が功績により拝領。(美濃国諸旧記) 建久6年(1196年)に源頼朝の重臣の加藤景廉が功績により拝領。(遠山譜) 「美濃国恵那郡遠山庄事 右為勲功之賞遠山加藤次景廉所充行也者 早令領知可被専所務之状如件 建久六乙卯年三月三日頼朝判」その後、長男が遠山景朝と称し遠山氏の初代となる。景朝は承久年間(1219年~1222年)、岩村城の敷地内に八幡神社を創建し、景廉を誉田別命の配神として祀った。岩村町歴史資料館には加藤景廉公の神像が保存されている。
※この「遠山荘と景廉」の解説は、「加藤景廉」の解説の一部です。
「遠山荘と景廉」を含む「加藤景廉」の記事については、「加藤景廉」の概要を参照ください。
- 遠山荘と景廉のページへのリンク