豆毛浦倭館とは? わかりやすく解説

豆毛浦倭館

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/03 05:01 UTC 版)

倭館」の記事における「豆毛浦倭館」の解説

1607年現在の釜山広域市東区佐川付近に新設され倭館で、約1万坪の面積があった。古倭館ともいう。内部には宴享庁(使者応接所)を中心に館主家、客館、東向寺日本側の番所酒屋、その他日本家屋が対馬藩によって建築された。1647年には対馬藩任命した館主常駐するようになったが、交易発展にともない豆毛浦倭館は手狭になり、交通も不便であったので、朝鮮側再三移転要求行った1673年移転認められ1678年草梁倭館引越しが行われた。

※この「豆毛浦倭館」の解説は、「倭館」の解説の一部です。
「豆毛浦倭館」を含む「倭館」の記事については、「倭館」の概要を参照ください。

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