范履冰
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/11/25 09:45 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動范 履冰(はん りひょう、生年不詳 - 690年)は、唐の文人。本貫は懐州河内県。
経歴
武徳6年(623年)、進士に及第した。はじめ周王府戸曹参軍をつとめた。垂拱年間、鸞台天官二侍郎・春官尚書・同鳳閣鸞台平章事を歴任し、修国史を兼ねた。武則天は履冰とともに元万頃・苗神客・周思茂・胡楚賓らを召し出し、『列女伝』・『臣軌』・『百寮新戒』・『楽書』などを編纂させた。履冰らは「北門学士」と呼ばれて武則天に重用された。載初元年(690年)4月、反乱摘発に連座して処刑された。
子女
- 范冬芬
- 范冬倩
- 范冬昌
伝記資料
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