興津正忠とは? わかりやすく解説

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興津正忠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/12/02 07:50 UTC 版)

 
興津正忠
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 享禄元年(1528年
死没 慶長2年4月25日1597年6月9日
別名 久七郎、内記
戒名 常益
主君 今川義元徳川家康秀忠
氏族 藤原南家為憲流興津氏
父母 父:興津正道
飯尾長門守娘
興津直勝室、忠能、伊丹順斎室

興津 正忠(おきつ まさただ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将今川氏徳川氏の家臣。

略歴

興津氏は駿河国庵原郡興津を姓の地とする国人。戦国期には今川氏に仕えた。

享禄元年(1528年)、興津正道の子として誕生。今川義元に仕えたが、義元没後は徳川家康に仕え、天正7年(1579年)に徳川秀忠が誕生した際にその配下となった。

天正19年(1591年相模国高座郡に300石を領した。家督は子・忠能が継ぎ、加増されて以後は旗本として続いた。

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