総世寺とは? わかりやすく解説

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総世寺

読み方:ソウセイジ(souseiji)

宗派 曹洞宗

所在 神奈川県小田原市

本尊 釈迦如来

寺院名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

総世寺

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/19 04:59 UTC 版)

総世寺 そうせいじ
本堂
所在地 神奈川県小田原市久野3670
位置 北緯35度16分43.48秒 東経139度7分13.96秒 / 北緯35.2787444度 東経139.1205444度 / 35.2787444; 139.1205444座標: 北緯35度16分43.48秒 東経139度7分13.96秒 / 北緯35.2787444度 東経139.1205444度 / 35.2787444; 139.1205444
山号 阿育王山
宗派 曹洞宗
本尊 釈迦如来
創建年 嘉吉元年(1441年
開山 安叟宗楞
開基 大森氏頼
文化財 銅鐘(神奈川県指定重要文化財)、総世寺のカヤ(小田原市指定有形文化財)
公式サイト 嘉吉元年開山 永代供養お申し込み受付中│小田原 阿育王山総世寺
法人番号 3021005005681
総世寺
総世寺 (神奈川県)
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総世寺(そうせいじ)は、神奈川県小田原市に所在する曹洞宗寺院

歴史

1441年嘉吉元年)、小田原城城主大森氏頼の開基である。同じ大森一族である安叟宗楞を開山として招いて寺を創建した[1]。安叟宗楞は他に同市の海蔵寺や保善院(静岡県熱海市)を開山している[2]

1493年明応2年)、三浦義同が義父三浦時高との家督争いで、一時当寺に潜伏していた[2]

1590年天正18年)、豊臣秀吉による小田原攻めで、豊臣秀次が当寺に陣を構えていた。その際に銅鐘を寄進しており、この銅鐘は現在でも残っている[1]

文化財

  • 銅鐘(神奈川県指定重要文化財 平成2年2月13日指定)[3]
  • 総世寺のカヤ(小田原市指定有形文化財 昭和53年3月4日指定)[4]

交通アクセス

脚注

  1. ^ a b 総世寺寺史総世寺
  2. ^ a b 神奈川県高等学校教科研究会社会科部会歴史分科会 編『神奈川県の歴史散歩 下(歴史散歩14) 鎌倉・湘南・足柄』山川出版社、2005年、229-230p
  3. ^ 神奈川県文化財目録(市町村別)神奈川県、62p
  4. ^ 総世寺のカヤ小田原市

参考文献

  • 神奈川県高等学校教科研究会社会科部会歴史分科会 編『神奈川県の歴史散歩 下(歴史散歩14) 鎌倉・湘南・足柄』山川出版社、2005年

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