絹輸送列車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/13 03:07 UTC 版)
1890年代から1933年まで、カナダ太平洋鉄道では東アジアから出荷された絹をバンクーバーからニューヨークやニュージャージーにある絹製品工場まで運んでいた。1本の絹輸送列車では数百万ドル相当の絹が運ばれ、武装した護衛が専用に乗務していた。列車強盗の危険を避け、保険費用を節約するために、絹輸送列車はできるだけ速く走行し、機関車と乗務員の交代のためだけに停車し、停車時間も5分以下であった。絹輸送列車は他のあらゆる列車に対して優先権を持っており、絹輸送列車を速く通すために、旅客列車でさえ側線に待避させられていた。第二次世界大戦末には、ナイロンが発明されて絹が重要品ではなくなったこともあり、絹輸送列車も廃止された。
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