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片平洌彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/18 11:44 UTC 版)

片平洌彦
かたひら きよひこ
人物情報
生誕 (1944-09-17) 1944年9月17日
死没 2024年8月18日(2024-08-18)(79歳没)
国籍 日本
出身校 東京大学医学部卒業
学問
研究分野 保健学
学位 保健学博士
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片平 洌彦(かたひら きよひこ、1944年9月17日 - 2024年8月18日[要出典])は、日本神奈川県足柄上郡共和村生まれの研究者保健学博士

子供時代は病気がちだったが、勉学に勤しみ東京大学医学部に進学。当時は東大紛争の真っ只中。暴力の嵐の中にあって常に対話を重んじ平和的な姿勢を貫いた。体力に自信がないため医者の道ではなく人々の健康を守る保健学研究者の道を選んだという。

大学院時代から厚生省調査研究班の一員となりスモン病の被害者調査に参加し[1]、その研究をまとめた論文で博士号を取得[2]。この被害者の立場にたった調査・研究が原点となり、生涯をかけて薬害研究を行った。

東京医科歯科大学難治疾患研究所臨床薬理学研究室の佐久間昭教授のもとで助手、のちに助教授となった。また、当時の弟弟子には、東京大学特任教授となった津谷喜一郎、サリドマイド被害者の会の委員長で東京理科大学教授の佐藤嗣道の2人がいる[3]

日本ではサリドマイド、薬害スモンから薬害エイズ薬害肝炎など、薬害が多発した。その間、一貫して被害者の立場に立ち、特に薬害エイズでは被害者を支える運動を、薬害肝炎では国の研究班で被害者調査を行った。

経歴

所属学会 日本社会薬学会日本社会医学会日本公衆衛生学会日本薬学会日本保健医療社会学会日本社会福祉学会日本臨床薬理学会日本疫学会日本薬剤疫学会日本脂質栄養学会新日本医師協会新薬学研究者技術者集団日本医療総合研究所日本科学者会議 等

主な出版物

外部リンク

脚注




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