松島湾
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/07 14:56 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動座標: 北緯38度21分36秒 東経141度06分01秒 / 北緯38.3599度 東経141.1003度 松島湾(まつしまわん)は、仙台湾の中央部に位置する支湾で、宮城県東松島市の唐戸島南東端と宮城郡七ヶ浜町の花渕埼の間にある多島海である[1]。
概要
松島湾の沿岸には東松島市、松島町、利府町、塩竈市、七ヶ浜町の5つの市町がある。松島湾のうち、塩竈市が面する松島湾南西部は塩竈湾、あるいは千賀ノ浦と呼ばれる。松島の地形は宮城県の中央部にある松島丘陵の東端が海にまで達し、それが沈水して出来たリアス式海岸がさらに進んだ沈降地形で、溺れ谷に海水が入り込み山頂が島として残っている。そのうち松島湾中南部にある比較的大きな島々の集まりは浦戸諸島と呼ばれる。松島湾中央部の島が全くない海域の水深はおおむね2メートルで、海底が浅いため波が荒くなると海底の泥が舞い上がって海水が濁りやすい[2]。
この地形の成り立ちについては、以下のような説が唱えられている。鮮新世に起こった地盤運動によって現在よりも内陸に広がっていた仙台湾が隆起して陸地化し、同時に地塊運動によって現在の松島湾に当たる部分に陸地が突出して、半島のような地形となった。やがてこの部分は河川によって侵食され、谷間が刻まれる。更新世初期に現在言われる長町利府構造線の断層運動によってこの半島は徐々に海中に没し、海蝕面が形成され、高い所は島となった。更新世中期から後期にかけて沈んだ半島が再び隆起して海蝕大地となり、再び河蝕を受ける。更新世末期に長町利府構造線の撓曲によって再び沈水して、高い部分のみが島として残り、周囲に溺れ谷が多数形成された。度重なる隆起と沈降と侵食によって現在見られるような松島の地形が形作られたのである。松島湾中央部の島が全くない海域は、かつて谷間に発達した平野部だったと考えられている[2]。また、これ以外の説もある。
脚注
参考文献
- 松島町史編纂委員会 『松島町史』(通史編2) 松島町、1991年。
- 宮城縣史編纂委員会 『宮城縣史』復刻版5(地誌交通史) 宮城県、1987年。
- 宮城縣史編纂委員会 『宮城縣史』復刻版16(観光) 宮城県、1987年。
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