晴久時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 03:32 UTC 版)
天文9年(1540年)、尼子晴久に従って、毛利元就が立て籠もる安芸国吉田郡山城攻めにも参加した。30000の軍勢を率いて戦うも長期戦にもつれ込んだ上に元就の前に大敗を喫した。この合戦を契機に大内側へと寝返る者も多かったが、幸清や他重臣は尼子方として残り、大内義隆による月山富田城攻めで奮闘した。
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