星野桂一とは? わかりやすく解説

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星野桂一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/09 05:18 UTC 版)

星野 桂一
Keiichi HOSHINO
基本情報
名前 星野 桂一
生年月日 (1941-01-02) 1941年1月2日(84歳)
国籍 日本
出身地 東京都
経歴
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星野 桂一(ほしの けいいち、1941年1月2日 - )は、東京都出身のプロゴルファー

来歴

東海電波高等学校出身[1]

22歳からゴルフを始め、1970年にプロ入りする[1]

1978年広島オープンでは初日を山本善隆前田新作と共に5アンダー67の4位タイ[2]でスタートし、2日目には前田と共に吉川一雄新井規矩雄入江勉と並んでの9位タイ[3]、3日目には井上幸一と並んでの7位タイ[4]に着けた。

1981年日本国土計画サマーズでは3日目に藤木三郎と共に69をマークし、最終日には4日間首位で逃げ切った倉本昌弘から5打差の2位タイに入った[5]

1987年関東プロ[6]を最後にレギュラーツアーから引退し、シニア転向後の1992年にはJAS CUPシニアで小川貞雄郭吉雄中華民国)と並んでの10位タイ[7]に入った。

2025年現在は磯崎功入野太と共に山梨県プロゴルファー会会員で[8]、所属する春日居ゴルフ倶楽部でレッスンを担当[9]

脚注

  1. ^ a b 星野 桂一 ホシノ ケイイチ KEIICHI HOSHINO”. www.smile-pga.jp. 2025年4月9日閲覧。
  2. ^ 毎日新聞縮刷版p851 昭和54年9月28日朝刊19面「横島、7アンダー 広島オープンゴルフ第一日
  3. ^ 毎日新聞縮刷版p887 昭和54年9月29日朝刊19面「尾崎、安田が急上昇 1打差で首位アエに続く 広島オープンゴルフ第2日
  4. ^ 毎日新聞縮刷版p921 昭和54年9月30日朝刊19面「山本善が首位奪う 尾崎大荒れ 広島オープンゴルフ第3日
  5. ^ 朝日新聞縮刷版p541 昭和56年8月17日朝刊17面「新人倉本はや三勝 二位に五打差 楽々と 日本国土計画ゴルフ
  6. ^ 星野 桂一選手 年度別大会成績 - 日本ゴルフツアー機構 - The Official Site of JAPAN GOLF TOUR”. www.jgto.org. 2025年4月9日閲覧。
  7. ^ 各日最終成績 JAS CUPシニアゴルフトーナメント”. pga.or.jp. 2025年4月9日閲覧。
  8. ^ 会員情報|山梨県プロゴルファー会”. www.fir.gr.jp. 2025年4月9日閲覧。
  9. ^ 春日居ゴルフ倶楽部/プロレッスン”. www.kasugai-gc.jp. 2025年4月9日閲覧。

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