早川周造とは? わかりやすく解説

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早川周造

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/19 16:36 UTC 版)

早川周造
はやかわ しゅうぞう
生年月日 1863年9月20日
出生地 日本 美濃国安八郡
(現・岐阜県海津市
没年月日 (1916-04-17) 1916年4月17日(52歳没)

在任期間 1897年9月29日 - 1904年9月28日

岐阜県会議員
選挙区 安八郡選挙区
当選回数 1回
在任期間 1890年 - ?
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早川 周造(はやかわ しゅうぞう、1863年9月20日文久3年8月8日[1]〉 - 1916年〈大正5年〉4月17日[2][3][4])は、明治時代の政治家実業家銀行家貴族院多額納税者議員

経歴

美濃国安八郡、のちの岐阜県海津郡今尾町(平田町 (岐阜県)を経て現海津市)出身[1]。早川理右衛門の長男として生まれ、1883年(明治16年)10月、家督を相続する。

1890年(明治23年)の岐阜県会議員選挙に安八郡選挙区から立候補して初当選を果たしたが、任期途中で辞職した[5]。そのほか、南濃銀行[注 1]頭取、土地家屋貸付会社社長、七十六銀行[注 2]、真宗生命保険、大垣銀行[注 3]、美濃商業銀行[注 4]、竹鼻銀行[注 5]、岐阜市貯蓄銀行[注 6]、濃飛農工銀行[注 7]、治水共同社[6]、福寿生命保険取締役、美濃貯蓄銀行[注 8]、高須貯蓄銀行[注 9]各重役などを歴任した[1]

1897年(明治30年)岐阜県多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日から[7]1904年(明治37年)9月28日まで務めた[6]

脚注

注釈

  1. ^ 明治20年消滅。
  2. ^ 大垣共立銀行の前身行のひとつ。
  3. ^ 三菱UFJ銀行の前身行のひとつ。
  4. ^ 明治38年破産。
  5. ^ 十六銀行の前身行のひとつ。
  6. ^ 十六銀行の前身行のひとつ。
  7. ^ みずほ銀行の前身行のひとつ。
  8. ^ 十六銀行の前身行のひとつ。
  9. ^ 昭和2年解散。

出典

  1. ^ a b c 人事興信所 1915, は41頁.
  2. ^ 福寿生命保険株式会社史 69コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  3. ^ 官報 1916年05月17日 16コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  4. ^ 前津旧事誌 144コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  5. ^ 岐阜県議会史 第6巻 502コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  6. ^ a b 衆議院、参議院 1960, 209頁.
  7. ^ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、9頁。

参考文献




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