張炳晩とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 張炳晩の意味・解説 

張炳晩

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/02 04:24 UTC 版)

張 炳晩
各種表記
ハングル 장병만
漢字 張 炳晩
発音: チャン・ビョンマン
テンプレートを表示

張 炳晩(チャン・ビョンマン、朝鮮語: 장병만1900年7月17日 - 没年不詳)は、大韓民国政治家制憲国会議員[1]

経歴

大韓帝国慶尚北道漆谷郡出身。明治大学法学専門部、明倫専門学校(現・成均館大学校)卒業。1945年に呂運亨を中心とした朝鮮建国準備委員会で活動した後、1946年に大韓独立促成国民会に加入し、1947年に独立促成国民会漆谷郡会長に選出された。1948年の初代総選挙に大韓独立促成国民会の公認で立候補して当選し、国会議員を1期務めた[1][2]朝鮮戦争の初期に北朝鮮に拉致され[2]、龍岡温泉の老人ホームに入所させられたとされる[3]。1956年7月、在北平和統一促進協議会の中央委員を務め[4] 、1958年に朔州郡の協同農場に移住した[5]。以降の消息、没年ともに不明。

脚注

  1. ^ a b 대한민국헌정회”. rokps.or.kr. 2023年8月13日閲覧。
  2. ^ a b 장병만(張炳晩)” (朝鮮語). 韓国民族文化大百科事典. 2023年8月13日閲覧。
  3. ^ 죽음의歳月(세월) (54)”. NAVER Newslibrary. 동아일보 (1962年6月11日). 2023年8月13日閲覧。
  4. ^ 霞関会 編『現代朝鮮人名辞典 1962年版』世界ジャーナル社、1962年8月1日、311頁。NDLJP:2973328/215 
  5. ^ 북한총람 중 납북인사명단(4)-아자차하 - 6·25전쟁납북인사가족협의회”. www.kwafu.org. 2023年9月9日閲覧。



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  張炳晩のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「張炳晩」の関連用語

張炳晩のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



張炳晩のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの張炳晩 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS