廣久葛本舗
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/04 14:05 UTC 版)
種類 | 株式会社 |
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本店所在地 | ![]() 〒838-0001 福岡県朝倉市秋月532番地 |
設立 | 1819年(文政2年) |
業種 | 食料品 |
法人番号 | 3290001044155 |
代表者 | 十代目 髙木久助 |
関係する人物 | 髙木久助(9代目) |
外部リンク | http://www.kyusuke.co.jp/ |
株式会社廣久葛本舗(ひろきゅうくずほんぽ)は、福岡県朝倉市に本店を置く企業。
概要
高木甚八(初代 高木久助)が1819年(文政2年)に創業したのが始まりであり、当時は廣田屋を屋号としていた。初代の子の吉兵衛(2代目 高木久助)が大和国保田村で葛粉の製法を学び、以降、同社の葛粉は秋月藩の特産品として江戸や大阪に流通するようになった[1][2]。歴代の店主は高木久助を名乗っており、2025年時点では10代目 高木久助が同社の代表である[3]。
創業当初は秋月地域のクズを原材料としていたが、同地域でのクズ栽培量が減少していくに伴って鹿児島県産を用いるようになり、1980年には粗葛(葛粉の半製品)の製造工場を鹿屋市に設けている。以降は、鹿屋工場で粗葛までの加工で行ったものを朝倉市の本社工場で精製して晒葛粉とするようになった[3][4]。
久助葛
同社の葛粉は、久助葛や廣久葛の名前で江戸や大阪などの大消費地で流通していたことから、同社の葛粉だけではなく、葛根のみを原材料とした本葛全般を指して久助・久助葛ともいわれるようになり、江戸時代末期には久助と名乗る葛粉の行商人もいた[1][2][5]。菓子製造業界などでは、奈良の吉野葛と並んで筑前の久助葛が葛粉の上等品とされている[6]。
脚注
- ^ a b 田代政栄『秋月史考』秋月史考刊行会、1951年、256頁。doi:10.11501/3452512。
- ^ a b 小出種彦, 中筋恵子『食品づくり一徹 : 良い食品を作る会の10年』風媒社、1985年、233-235頁。doi:10.11501/12050984。
- ^ a b “代々久助の系譜”. 廣久葛本舗. 2025年7月4日閲覧。
- ^ 『秋月 : 秋月城下町伝統的建造物群保存対策調査計画報告書』甘木市教育委員会、1980年、69-70頁。doi:10.11501/12741829。
- ^ 武田忠治 (1970). “しにせ その12”. サンデー毎日 (毎日新聞出版) (2717): 130-134. doi:10.11501/3369347.
- ^ 『名人の和菓子 : 優美なる芸術品・今に生きる伝統の味 特薦日本の銘菓123選』日之出出版、1989年、131頁。doi:10.11501/13191270。
外部リンク
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