山田春雄とは? わかりやすく解説

山田春雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/29 04:13 UTC 版)

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山田 春雄(やまだ はるお、本名:山田 鉱次郎(やまだ こうじろう)、1889年 - 1964年6月27日)はヤクザテキヤ系。東京・浅草が地盤。屋号は山春。ヤクザ引退後の通称は「隠居」。 やんわりとした話しぶりであったという。

芸界との関係

日頃から芸人に細々とした用を言いつけ(あたかも使用人のごとく使い)、神田派に対する超然的発言権をもとに名跡を差配し、ドル箱となる襲名興行の権利とご祝儀を独占していた(つまり講談師をダシにして金儲けをしていた)というのが実際のところである。神田派の講談師はこのからくりに気づいていたが公然とは逆らえず、山春が薦める襲名話を断ることで消極的に非協力の態度を表した。

二代目神田山陽を神田派に入れたのも、プロの芸人にした(8代目桂文楽の弟子ということにさせた)のも山春である。つまり大恩人であった。しかしその二代目山陽と、マネートラブルで絶縁した。山春は芸人のスポンサーでなく、逆に山春にとって芸人は“山春の金を生み出す機械”にすぎないのだから当然であろう。しかし二代目山陽にとって一番カネが必要な時期に不義理をされたという事実は堪えるもので、生涯の絶縁を決意させるに十分であった。しかし、絶縁の直接のきっかけは、襲名を巡る行き違い(山春は、彼に神田伯山(の四代目)を継がせようとしていたが、彼がそれに逆らって神田山陽(の二代目)を襲名したこと)にあった。

神田の亭号を名乗る講談師は各協会に分かれているが、山春引退とその死、社会的変化もあり、その影響はなくなった。

山春と親しく、「兄貴」と呼んでいた芸人は林家彦六桂三木助 (3代目)などがいる。

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山田 春雄(やまだ はるお)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/29 13:53 UTC 版)

狂骨の夢」の記事における「山田 春雄(やまだ はるお)」の解説

自殺者一人高野唯継教え子356歳長野県の上田出身。どこかの真言宗の寺に出家していた。法名、春真。二子山自殺した6年前、八重失踪する前日高野家訪問しており、熊沢天皇が出目だと怒っていたと云う

※この「山田 春雄(やまだ はるお)」の解説は、「狂骨の夢」の解説の一部です。
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