山口進 (版画家)とは? わかりやすく解説

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山口進 (版画家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/19 12:22 UTC 版)

山口 進(やまぐち すすむ、1897年1月25日 - 1983年11月25日[1][2][3]は、日本版画家

経歴

長野県上伊那郡箕輪町出身[2]。1916年に長野中学を卒業した[3]。1920年から1926年まで白馬会葵橋洋画研究所に学び、黒田清輝中川紀元に師事した[3]日本美術学校にも通ったが、1922年に中退した[2][3]

1923年に日本創作版画展、日本漫画展に初入選した[3]。1925年に旧制第一高等学校訓務部事務職員となり、一高画会で絵を指導した[3]

1928年には油絵で第6回春陽会展で初入選し、1937年まで同会に油絵の出品を続けた[3]

1932年ロサンゼルスオリンピックの芸術競技1936年ベルリンオリンピックの芸術競技の絵画種目に出品した。

1945年に第一高等学校を退職して、故郷に戻り、制作に専念した[3]

作品

  • 木曽駒ケ岳馬の背 - 代表作(1970年制作)[1][2][3]
  • 東宮賜杯を持てる織田幹雄氏像 - 1932年ロサンゼルスオリンピックの芸術競技の絵画種目に出品[4]
  • 鉄槌投 - 1936年ベルリンオリンピックの芸術競技の絵画種目に出品[5]
  • 女子砲丸投 - 1936年ベルリンオリンピックの芸術競技の絵画種目に出品[5]
  • 鯉幡作り - 油絵。第6回春陽会展に入選[3]

出典

  1. ^ a b "山口進". デジタル版 日本人名大辞典+Plus. コトバンクより2024年5月18日閲覧
  2. ^ a b c d "山口 進". 20世紀日本人名事典. コトバンクより2024年5月18日閲覧
  3. ^ a b c d e f g h i j 日本美術年鑑 昭和59年版. p. 321. https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9969.html 
  4. ^ Painting, Graphic Arts, Open”. Olympedia. 2024年5月18日閲覧。
  5. ^ a b Painting, Graphic Arts, Open”. Olympedia. 2024年5月18日閲覧。



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