小笠原日出男
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/31 15:03 UTC 版)
|
おがさわら ひでお
小笠原 日出男
|
|
|---|---|
| 生誕 | 1938年7月28日 |
| 死没 | 2025年10月9日(87歳没) |
| 死因 | 老衰 |
| 出身校 | 東京大学経済学部 |
| 職業 | 銀行家 |
小笠原 日出男(おがさわら ひでお、1938年(昭和13年)7月28日 - 2025年(令和7年)10月9日)は、日本の銀行家。三菱東京UFJ銀行名誉顧問、東海銀行頭取、名城大学理事長などを務めた[1]。
来歴・人物
高知県高知市出身[2]。東京大学経済学部卒業[3]。1962年に東海銀行入行。営業畑を中心に、企画、融資、資金証券など行内の幅広い分野を経験[4]。1998年頭取に就任し、旧あさひ銀行(現りそな銀行)との統合を模索し、関西地区で強固な経営基盤を持っていた三和銀行をグループに迎え入れることを決めたが、統合の交渉は難航し、最終的にあさひ銀行が離脱。三和銀行との経営統合を実現させ、合併によるUFJ銀行の誕生では、会長を務めた[5]。しかし、この合併は実質的には三和銀行に吸収される形で、名古屋に唯一本店を置く都市銀行を消滅に導いたことには、地元では批判の声もある。UFJ銀行は、2006年に東京三菱銀行と統合し、現在の三菱東京UFJ銀行となった[5]。
頭取を退いた後も、名城大学の理事長を務めるなど、中部経済界の発展に尽力した[4]。
略歴
- 1962年(昭和37年) 東京大学経済学部卒業
- 1962年(昭和37年)4月 株式会社東海銀行入行
- 1990年(平成2年)6月 同取締役
- 1993年(平成5年)6月 同常務取締役
- 1995年(平成7年)6月 同専務取締役
- 1996年(平成8年)6月 同取締役副頭取
- 1998年(平成10年)4月 同取締役頭取
- 2001年(平成13年)4月 UFJホールディングス取締役社長(2002年6月退任)
- 2002年(平成14年)1月 UFJ銀行取締役会長(2002年6月退任)
- 2002年(平成14年)6月 UFJ銀行特別顧問
- 2002年(平成14年)6月 テレビ愛知取締役
- 2003年(平成15年)6月 東邦瓦斯監査役
- 2003年(平成15年)6月 ゼリア新薬工業監査役
- 2004年(平成16年)5月 タキヒヨー監査役
- 2004年(平成16年)6月 あいおい損害保険監査役
- 2004年(平成16年)7月 UFJ銀行名誉顧問
- 2006年(平成18年)1月 三菱東京UFJ銀行名誉顧問
- 2008年(平成20年)6月 名古屋鉄道株式会社監査役
- 2012年(平成24年)1月 名城大学理事長就任(2018年7月退任)
- 2025年(令和7年)10月9日 老衰のため死去。87歳没
脚注
- ^ 学校法人名城大学の新理事長に小笠原日出男氏を選任しました。ニュース・イベント 名城大学
- ^ a b “旧東海銀最後の頭取の小笠原日出男さん死去”. NEWSjp (2025年10月23日). 2025年10月23日閲覧。
- ^ 郵貯銀社長に小笠原氏
- ^ a b “旧東海銀行で最後の頭取、小笠原日出男氏が死去 旧三和銀行と合併主導”. 日本経済新聞 (2025年10月23日). 2025年11月1日閲覧。
- ^ a b “東海銀行最後の頭取、小笠原日出男氏が死去…三和銀行との経営統合を主導・UFJ銀行の元会長”. 読売新聞オンライン (2025年10月23日). 2025年11月1日閲覧。
|
|
|
|
|
|
固有名詞の分類
- 小笠原日出男のページへのリンク