寧福院とは? わかりやすく解説

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寧福院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/01/26 01:38 UTC 版)

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寧福院(ねいふくいん、応安3年/正平25年(1370年) - 応永28年2月10日1421年3月13日))は、室町時代前期の女性。室町幕府第3代将軍・足利義満側室

生涯

相当な武家の娘であると推測されている。貞順にして婉容で、義満から側室に選ばれて持したという。義満との間には娘の大慈院聖久が産まれている。それにより、従三位に叙された。後に絶海中津に帰依した。応永28年(1421年)2月10日に死去。享年52。戒名は寧福院殿従三位光厳大禅定尼[1]

義満の側室の源春子、あるいは北向三品局と同一人物説もあるが、定かではない。

脚注

  1. ^ 臼井信義 『足利義満』(新装版) 吉川弘文館〈人物叢書〉、1989年、235頁。ISBN 4-642-05150-3 



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