安養院 (足立区)とは? わかりやすく解説

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安養院 (足立区)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/03 07:39 UTC 版)

安養院
所在地 東京都足立区千住5-17-9
位置 北緯35度45分20.1秒 東経139度48分12.9秒 / 北緯35.755583度 東経139.803583度 / 35.755583; 139.803583 (安養院 (足立区))座標: 北緯35度45分20.1秒 東経139度48分12.9秒 / 北緯35.755583度 東経139.803583度 / 35.755583; 139.803583 (安養院 (足立区))
山号 西林山[1]
院号 安養院
宗旨 新義真言宗[1]
宗派 真言宗豊山派
本尊 阿弥陀如来[1]
創建年 不詳
開山 不詳[1]
別称 長福寺[1]
札所等 荒川辺八十八ヶ所霊場48番札所、荒綾八十八ヶ所霊場73番札所
法人番号 4011805000048
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安養院(あんよういん)は、東京都足立区にある真言宗豊山派寺院

概要

創建年代は不明であるが、一説では北条時頼の開基といわれている。板橋区の安養院も時頼が関わっている。

元々は元宿(現・千住元町)にあった[注釈 1]が、1598年慶長3年)の火災で焼失した後、現在地に移転した[2]

江戸時代徳川将軍鷹狩のために江戸郊外のこの地を度々訪れており、当寺は「御膳所」(休憩場所)に充てられた[2]

2022年(令和4年)、足立区千住寿町にあった銭湯「大黒湯」(1929年創業、2021年6月廃業)の唐破風屋根などが安養院に移築され屋根に付け替えられることになった[3]

境内には、「カンカン地蔵」と呼ばれる地蔵がある。石で叩くと「カンカン」と音がすることからきている[2]。現在はかなりすり減ってしまっている。

交通アクセス

脚注

注釈

  1. ^ 新編武蔵風土記稿』の記述は、千住町四町目小名 金物 かなぶつ耕地[1]

出典

  1. ^ a b c d e f 新編武蔵風土記稿 千住町五町目.
  2. ^ a b c 足立史談会 編『足立区史跡散歩 (東京史跡ガイド21)』学生社、1992年、69-72p
  3. ^ 足立で昨年閉業「キングオブ銭湯」大黒湯の屋根を寺に移築へ”. 東京新聞 (2022年7月26日). 2022年7月26日閲覧。

参考文献

  • 足立史談会 編『足立区史跡散歩 (東京史跡ガイド21)』学生社、1992年

関連文献

  • 「千住町五町目 安養院」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ136足立郡ノ2、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763997/32 

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