奥村安太郎とは? わかりやすく解説

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奥村安太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/27 10:15 UTC 版)

奥村 安太郎(おくむら やすたろう、1876年明治9年)8月24日[1][2] - 1946年昭和21年)12月11日[3])は、明治末から昭和前期の実業家政治家衆議院議員。旧姓・木島。

経歴

京都府[3][4]京都市[5]で、旧淀藩士・木島行吉の息子として生まれ[1]、1901年(明治34年)8月、奥村つる の養子となり、その後家督を相続した[1]。1903年(明治36年)京都法政大学(現立命館大学)法律科を卒業した[1][2][3][4][5]

1906年(明治39年)奥村合名会社を設立し代表社員に就任[1][2]清国朝鮮に支店を設けた[2]。1909年(明治42年)4月、三等郵便局長に任じられ1911年(明治44年)6月まで在任[2][3][5]。その後、京都電気取締役、日本陶料取締役、朝鮮無煙炭礦取締役、阪東土地取締役、摂丹鉄道社長、台湾農林社長、京都火災保険社長、国民銀行頭取、西宮土地監査役、台湾総督府嘱託、樺太庁嘱託などを務めた[1][2][3][4][5]。また、京都区裁判所下京区出張所を自費で建築し司法省に寄付するなど[1][2]、社会公共のために多大な寄付を行った[2]

京都府市涜職問題が起き、市政刷新団の推薦で京都市会議員に当選した[2][3][5]。1915年(大正4年)3月、第12回衆議院議員総選挙(京都府京都市、無所属)では次点で落選[6]。1920年(大正9年)5月の第14回総選挙(京都府第2区、憲政会)で当選し[4][7]、その後庚申倶楽部に所属して衆議院議員に1期在任した[3][4][5]

脚注

  1. ^ a b c d e f g 『人事興信録 第4版』を135-136頁。
  2. ^ a b c d e f g h i 『大日本人物名鑑〔巻4の1〕』7-8頁。
  3. ^ a b c d e f g 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』155頁。
  4. ^ a b c d e 『京都大事典』141頁。
  5. ^ a b c d e f 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』114頁。
  6. ^ 『衆議院議員総選挙一覧 自第7回至第13回』43頁。
  7. ^ 『衆議院議員総選挙一覧 第14回』4頁。

参考文献

  • 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
  • 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 自第7回至第13回』衆議院事務局、1918年。
  • 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 第14回』衆議院事務局、1924年。
  • 『大日本人物名鑑〔巻4の1〕』ルーブル社出版部、1921年。
  • 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年。
  • 『京都大事典』淡交社、1984年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。



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