大原観音寺とは? わかりやすく解説

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観音寺 (米原市)

(大原観音寺 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/05 05:33 UTC 版)

観音寺

本堂
所在地 滋賀県米原市朝日1342
位置 北緯35度23分21.5秒 東経136度20分16.2秒 / 北緯35.389306度 東経136.337833度 / 35.389306; 136.337833座標: 北緯35度23分21.5秒 東経136度20分16.2秒 / 北緯35.389306度 東経136.337833度 / 35.389306; 136.337833
山号 伊富貴山
宗派 天台宗
本尊 十一面千手観音
創建年 仁寿年間(851年 - 854年
開基 三修
正式名 伊富貴山 観音護国寺
別称 大原観音寺
札所等 近江西国三十三箇所12番
文化財 本堂・鐘楼ほか(重要文化財)
法人番号 2160005003609
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観音寺(かんのんじ)は、滋賀県米原市にある天台宗寺院。山号は伊富貴山。本尊は十一面千手観音。通称:大原観音寺

歴史

仁寿年間(851年 - 854年)、三修によって創建された。もとは伊吹山四大護国寺として法相宗に属していたが、弘和永徳)3年(1383年)に天台宗に改めた。

長浜城主の羽柴秀吉が鷹狩りで立ち寄った際、寺の小僧をしていた石田三成を「三碗の才」で見出したことで有名[1]。境内の惣門西側の池のそばには、そのお茶の水を汲んだと伝わる「石田三成水汲みの井戸」がある[2]

文化財

重要文化財

  • 鐘楼[4]
  • 惣門[5]
  • 木造伝教大師坐像[6]

滋賀県指定文化財

  • 大原観音寺文書625点

米原市指定文化財

  • 本坊
  • 絹本着色浄土大曼荼羅図
  • 木造千手観音立像
  • 木造阿弥陀如来立像

脚注

  1. ^ 市政情報紙まいばら 2011.1.1”. 米原市 (2011年10月27日). 2025年4月15日閲覧。
  2. ^ 市政情報紙まいばら 2012.11.1”. 米原市 (2012年10月25日). 2025年4月15日閲覧。
  3. ^ 観音寺本堂 重要文化財(建造物)”. 文化庁. 2020年4月22日閲覧。
  4. ^ 観音寺鐘楼 重要文化財(建造物)”. 文化庁. 2020年4月22日閲覧。
  5. ^ 観音寺惣門 重要文化財(建造物)”. 文化庁. 2020年4月22日閲覧。
  6. ^ 観音寺木造傅教大師坐像 重要文化財(美術品)”. 文化庁. 2020年4月22日閲覧。

関連項目

外部リンク




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